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【カサンドラ】 4.踊心

私は3部屋しかない古い木造の平屋に両親と同居していた。
小学校の4年生になった時に与えてもらったわずか4畳の自室の仕切りは、ドアではなく襖。
庭に面した壁に嵌まる、木枠で囲われたすりガラスの窓は、
2枚の穴を合わせ棒状のネジをくるくると捻じ込んで鍵を閉める。
家の中では、テレビの音どころか小さなくしゃみや咳まで丸聞こえなので、
男と電話をする時は外に出た。

吸いかけの煙草をふかしながら、左耳に携帯電話を押し当て川沿いの歩道を進んでいくと、緩いカーブに沿って建つ売店の前に、人影が見えた。
道路脇にシルバーのスカイラインを停め、作業着姿の男性が2人、缶コーヒーを飲みながら談笑している。
その視線が揃って
そちらに向かって歩いていく私の姿を捉えたのがわかったので
私はこの2人に声を掛けられると察知し、売店に背を向けて構えているバス停の椅子に腰掛け、通話を続けた。

案の定、電話が終わる頃には2人が私の両脇に座っていて
終話と同時に2人と会話を始めた。

1人は坊主に近い短髪の身体の大きな男で、
もう一人は中肉中背、奥二重で切れ長の目をした、モデルでもおかしくないほど整った顔立ちの男だった。
2人は同じ現場で肉体労働をしていて、その帰りだという。
坊主頭の方が、自分は結婚していてこれから奥さんのご飯を食べに帰るから
今からもう一人の男と飯に行ってやってくれと私に頼んできた。

たまたま至近距離に住んでいたその男と一度別れてから、
お互いの中間地点のガソリンスタンドで待ち合わせをした。
アロハシャツを羽織り赤いアメ車を連れて先に待っていた彼と、海沿いのレストランで食事を済ませ
近場の心霊スポットを巡った後、彼の部屋に帰った。
肉体労働とサーフィンのおかげで肌が浅黒く、
潮焼けで所々白っぽくなるまで抜けた長めの髪と、笑った時に覗く八重歯。
こんなルックスなら、どうせ遊ばれて終わるだろうとどこかで割り切っていたのだけれど、
あれから毎晩電話がかかってくるようになり、
私が恋に落ちる間もなく毎日彼の部屋に帰るようになった。

私より2歳年上の祐介は、
初めて会った日から、私より私の本心を知っている、不思議な人だった。
年齢にそぐわない冷静なキャラクターの下にある、弱くて幼い感情を掘り起こされ、
今までにない痛みを伴いながら私は、
自分以外の誰かと深く繋がる感覚を知った。
恋や愛だと言うのなら、今までの恋愛は鎧の上の恋であり、
祐介が私に向ける想いは、頑丈な鎧が剥がれても揺るがない愛だった。
私は心が溶かされてゆくような感覚に戸惑いながらも、「愛される」ことの安堵感に歓喜した。

祐介は毎日、仕事を終えるとシャワーを浴び、私の職場まで車で迎えに来る。
ぴかぴかに磨かれた赤いアメ車に乗せられ
途中コンビニすらない田舎道を走ってそのまま彼の部屋に帰り、朝を迎える。
私は明け方自宅に帰って、シャワーと着替えを済ませ、また仕事に行く。
私の日々はこの繰り返しになり、一年近く半同棲のような生活が続いた。

Don't call me white - Nofx

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