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木工の塗装にはどの天然オイルが適する?

今から2年前となる専門学校時代、1年生から2年生に上がるための関門として「進級制作」なるものがありました。そこでは作品づくりの他に、何かレポート的なものを提出する必要があるとのこと。

そこで、ずっと気になっていた「木工の塗装にはどの天然オイルが適しているのか?」ということを自分なりに実験し、まとめてみることに📝

せっかくなので、今回はその結果についてこちらで公表したいと思います!

実験期間は予備検討含めて2か月程度で、再現性についてはそこまで厳密に重ねて試験できていないので、あくまで「こういう傾向」という参考程度に見ていただければと思います^^

A4で10ページ相当のレポートなので(汗)、詳細は不要!という方は、「まとめと結論」を最初にもってきましたので、その部分のみご覧ください。


0. まとめと結論

以下の表に、一連の実験結果をまとめた。

表0 各オイルの性能評価のまとめ


これらの結果から導かれた結論は以下のとおりである。

✔  より高性能なオイルを使用したい
  → 「アマニオイル」 が好適

✔  厚い板に対して、より早く・確実にオイルを浸透させたい
   → 「エゴマオイル」 が好適

✔  できるだけ無臭で、できるだけ高性能なオイルを使いたい
   → 「クルミオイル」 が好適

✔  とにかく安く上げたい
  → 「ヒマワリオイル(高リノール)」 が好適

✔  撥水性は不要で、ツヤを出したいだけ等
  → その他のオイルでOK


1. はじめに

1.1 背景

木工において「塗装」とは、単に見た目を美しく整えるだけでなく、耐水性や防汚性の向上など、実用的な機能を付与するためにも重要な工程である。

塗装に用いられるものとしては、ウレタンやラッカーといった合成塗料の他に、"オスモカラー" 等のオイルベースの人工塗料(※)、亜麻仁油等の天然オイルが存在し、後者2種での塗装を「オイルフィニッシュ」と言う。

(※)メーカーは自然塗料と謳っているが、石油由来成分(溶剤)ならびに各種添加物を含んでいるため、本報告ではこのような単語で示す.


1.2 オイルフィニッシュについて (※引用1)

木材の表面から塗料が内部に浸透するため・・・
→ 塗膜を表面に作らない or 極薄い膜を形成する。
→ 木質感を活かした仕上げとなる。
→ 素地固有の善し悪しが強調されるため、高級材に適する。
 
<長所>
○     木材の質感を生かせる。
○     施工に当たって特別な技術が不要
○     形成後の塗膜が割れたり剝がれたりしない。
○     再塗装が容易(補修しやすい)。
○     布拭きだけで美しく保てる
 
<短所>
×      乾燥に時間がかかる
×      研ぎ込み・刷り込みの作業が必要(手間がかかる)。
×      オイルの酸化で変色する(白色の材には適さない)。
×      メンテナンスが必要

 

1.3 油脂の乾燥(酸化、硬化、重合)ついて

油脂を構成するのは脂肪酸である。
この脂肪酸の構造の中で、二重結合の隣の炭素についている水素は反応性が高い。
よって、油脂が酸素にさらされるとこの部分に酸素が結合する(図1)。

続いてこの酸素が、油脂中に含まれる脂肪酸を架橋する。

この反応が繰り返されることで分子量が大きくなっていく(=重合)。


図1. 油脂の重合反応の概略(引用2)


このように分子量が大きくなるにつれて油脂の流動性は失われていき、最後に硬化する。

この現象は一般的に「油脂の乾燥」と呼ばれている。


1.4 油脂の種類(※引用1)

植物性油脂は、そのヨウ素価(≒二重結合の数)によって、以下の3種類に大別される。
 
-      乾性油 (ヨウ素価 >130) ・・・ エゴマ、アマニ、クルミ 等
-      半乾性油 (ヨウ素価 100 – 130) ・・・ コメ 等
-      不乾性油 (ヨウ素価 <100) ・・・  オ リーブ、椿 等

これは1.3で軽く述べたとおり、油脂の乾燥(硬化)には分子内の二重結合の存在が大きく影響するためである。

つまり、二重結合の数が多いほど酸化(硬化)しやすい性質を有しており、十分多いものは「乾性油」と呼ばれる。

乾性油は、最終的に重合物が硬化するため、塗料や絵の具、印刷のインキなどに用いられている。一方の「不乾性油」は時間が経っても硬化しないため、木工の世界では家具の艶出し等を目的に用いられる。


2. 本研究の目的と手段

天然オイルを木工の塗装に用いる上で、各オイルがどのような特徴(撥水性、硬化速度、浸透性など)を有しているのか把握する。

その際、乾性油/不乾性油であることがこれらの特徴に対して影響するかどうかを検証する。

そのために今回は、乾性油4種(エゴマ、アマニ、クルミ、ヒマワリ(高リノール))、半乾性油1種(コメ)、不乾性油3種(オリーブ、ヒマワリ(高オレイン)、ホホバ)の計8種類のオイルを実験対象として用い、木板(ならびに紙)に対する各種特性を調査した。


3. 実験条件

○     全ての実験において、オイルとして以下の製品を用いた(図2)。

-     エゴマ ・・・ 食用(日清オイリオ社製)
-     アマニ ・・・ 食用(日清オイリオ社製)
-     クルミ ・・・ 食用(Jaywis社製)
-     ヒマワリ(高リノール) ・・・ 食用(Zucchi社製)
-     コメ (メドフォーム油も含) ・・・ 木工用(日本キヌカ社製) 
-    オリーブ ・・・ 食用(Cordoliva社製)
-    ヒマワリ(高オレイン) ・・・ 食用(昭和産業社製)
-     ホホバ ・・・ 食用(ナチュール社製)

図2. 使用したオイル

 
○     オイルを塗布・含浸する基材としては、以下の物を用いた。

-     木板 ・・・ シウリザクラ (#400ペーパーまでやすり掛けしたもの)
-     紙 ・・・ ルーズリーフ(ダイソー)
 
○     なお、実験環境は2月の室内(10-20℃)である。


4. 実験の手順および結果

4.1 硬化時間ならびに硬化強度の比較

<実験手順>
予備実験として、木に含浸する方法や、アルミホイル等に薄く広げて硬化させる方法を行ったものの、いずれも硬化の有無や速度および強度を確認することが難しかったため、筆記用紙に含浸する方法を採用した。

実験手順の概要は以下の図3のとおり。

図3. 紙への含浸実験手順の概要

 

 <結果1-1 : 硬化時間>
表1に、各オイルを含浸した紙の硬化日数を示す。本実験においては、一日に一度、含浸紙の後ろに指を当てて確認し、指紋が透けて見えなくなった日を「硬化完了日」と定義した。

冬場で低温ということもあり、最も早いサンプル(エゴマ、アマニ、クルミ)でも8日かかった。

表中で日数の表記がないオイル(コメ、オリーブ、ヒマワリ(高オレイン)、ホホバ)については、実験開始約1か月後でも「硬化完了」が認められなかった。

表1 各オイルを紙に含浸した時の硬化日数
「-」 : 含浸1か月後でも硬化完了せず、の意


以上より、今回硬化が確認されたものは「乾性油」に分類されるものであり、オイルの硬化性に対しては確かに二重結合量が影響していることが確認できた。

なお、エゴマ、アマニ、クルミについては「硬化完了」後に、日増しに白色の結晶のようなものが増加していく様子が認められ、これはおそらく油脂の重合物であると推測された。


 <結果1-2 : 硬化後の紙強度>
硬化完了後の紙の曲げ強度を官能評価した(表2)。

この時、最も硬いものを「5」として5段階で評価した。表中で数字の表記がないものは「硬化完了」が認められていないものである。

今回、各オイルを1度だけ含浸したものと、2度含浸したもの(1度目が硬化後に含浸)の2種類の紙の硬さで総合的に評価したが、いずれも1か月では完全に硬化していない可能性があり、この項目については今後検証を行う必要があると考えている。 

表2 各オイルが硬化した後の紙の強度(官能評価)
(硬) 5← 3 → 1 (柔)
「-」 : 含浸1か月後でも硬化完了せず.


4.2 浸透距離の比較

<実験2-1: 木板への含浸実験>
木板の表面に綿棒で各オイルのラインを引き、約2週間後の木板内部への浸透距離を計測した。実験手順の概要は図4のとおり。

なお、各オイルのラインは木目方向に1.5cm長の線を平行に3本ずつとし、線同士の間隔は1cmとした。

図4. 木板への含浸実験手順の概要


 <結果2-1 : 木板中への各オイルの浸透距離>
各オイルを塗布後の内部への浸透距離を6か所測定し、その平均値を求めた。結果は図5のとおり。

結果、いずれのサンプルにおいても予想以上に浸透距離が短く、正確な計測が難しかった。

また同一オイル内での値のバラツキも大きかったため、本法は各オイルの浸透距離を精査する手法としては適していないと考えられた。

図5. 各油の木板表面から内部への浸透距離(mm)


<実験2-2: 紙への含浸実験>
続いて、紙の先端にオイルをつけ、それがどのように浸透していくのかを調査した。実験手順の概要は、図6のとおり。

図6. 紙の先端への含浸実験手順の概要


 なお今回は、①紙の先端にオイルが充分量存在している時の10分後の浸透距離(実際の塗装作業中の状態を想定)と、②余分なオイルを圧搾して12時間以上放置した際の浸透距離の変化(塗装後の木板から余分なオイルを拭き取って放置した場合を想定)、の2種類を計測した。

 

<結果2-2 : 各油の浸透距離の継時変化>
紙中での各オイルの浸透距離の結果を表3と図7に示す。

なおこれらの値は、各オイルにつき4つサンプルを作製・実験し、その内の3つの結果を使って算出した平均値である。

表3 紙中での各オイルの浸透距離(mm)


図7. 各オイルの紙中での浸透距離(mm)


図中のエラーバーの振幅から、この方法の実験誤差は木板を使用した実験2-1よりも小さく、ある程度信頼性のある結果と考えられた。
 
今回の実験結果から、硬化が終了するまでの間はエゴマとホホバがもっとも浸透距離が長いことが明らかとなった。

また、乾性油は数日で浸透距離が伸びなくなったことから、硬化してそれ以上浸透しなくなるものと考えられた。

今回のような実験条件下では、エゴマ・アマニは48~72時間の間、クルミ・ヒマワリ(高リノール)は72~192時間の間で浸透停止した。

硬化しないコメ、オリーブ、ヒマワリ(高オレイン)、ホホバは192時間(8日)後も浸透距離を伸ばしており、最終的にはいずれも乾性油4種の数値を超えた。


<実験3: 木板を用いた撥水実験>
木板の表面に綿棒を使って各オイルを塗り広げた(図8)。
なお、オイル同士の隙間は約6mm、板の端からオイルエリアまでは約3mm空くように塗り広げた。

図8. 木板を用いた撥水実験の手順の概要

 

<結果3 : 水滴の吸収時間>
各オイルの塗布エリアにつき3滴の水道水をシリンジで滴下した。
そのまま経過を観察し、吸水完了時間を計測した。

図9に3滴の水が全て吸収されるまでの時間、図10に実験中の写真を示す。

図9. 水道水を木板表面に滴下してから完全吸水までの時間(分)


図10 水道水を木板表面に滴下してから約100分後の様子


今回の結果から、撥水性についてはアマニ > エゴマ > クルミ ≧ ヒマワリ(高リノール)≫ その他油、となることが明らかとなった。

また、水滴が乾燥した後の木板の表面を観察したところ、ヒマワリ(高リノール・高オレイン)、コメ、オリーブ、ホホバを塗布したエリアでは水滴の跡がくっきりと見えていたのに対し、エゴマ、アマニ、クルミを塗布した場所にはそのような跡はほとんど認められなかった(図11)。

図11 水滴が乾燥した後の木板表面の様子


以上の結果より、耐水性が求められる用途には、通説通り、乾性油(アマニ、エゴマ、クルミ)が適すると考えられた。


5. まとめと結論

※冒頭の0章に移動※


6. 終わりに

今回各種実験を行い、各オイルの性質の差を多少明らかにすることができたが、その差は飛びぬけて大きいものではなかった。

使用したものが天然物であるため、今回とは違うメーカーのものを使用した場合にどうなるか、また、同じメーカーのものでもロット差があるのかどうか等、疑問は尽きない。

今回明らかにできなかった、紙ではなく木を用いた時の硬化性・浸透性の違いや、経年劣化などの影響については、今後実用する中で研究していきたい。


7. 引用文献

1) 木材塗装研究会/著, 木材の塗装, 海青社, pp67-69 (2010)
2) 大勝靖一, 油脂の酸化, 化学と教育, 46 (4), 210-213, 1998


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