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B→C(ビートゥーシー)バッハからコンテンポラリーへ [264]長谷川将山(尺八)

東京オペラシティ主催公演

◯初代 中尾都山:都山流本曲《慷月調》(1903)
◯唯是震一:無伴奏尺八組曲 第三番(1954/61)
◯川島素晴:尺八(五孔一尺八寸管)のためのエチュード(2010)
◯向井響:無伴奏尺八のための〈パルティータ〉(2024、長谷川将山委嘱作品、世界初演)
◯J.S.バッハ:無伴奏フルート・パルティータ イ短調 BWV1013
◯坂東祐大:秘曲〈象息之調〉(2024、長谷川将山委嘱作品、世界初演)
◯松村禎三:詩曲二番 −尺八独奏のための−(1972)

気鋭の尺八奏者、長谷川将山氏によるリサイタル。

都山作品…いかにも伝統的な楽曲だけれど、古びない美しさがある。長谷川氏の音の豊かさ、芯の太さにより、曲の魅力が一層際立っていた。

唯是作品…バッハの組曲に倣った形式。非常にかっちりとした筆致で、ヒンデミットのように聴こえる箇所もあった。低音域のフレーズなど、確かにフルートのために書かれた作だと感じられる箇所がしばしばみられ、唯是氏はあくまでフルート曲として書いたのではなどと考えつつ聴く。

川島作品…14種類の奏法による楽想を連ねていく。最後までくると最初に戻って反復する。反復のたびに各断片をだんだんに短くすることによって曲は激しさを増していく。そのさまは、何だか罰ゲームを見ているかのようだった。確かにエチュードだと感じる。

向井作品…高度な技法を多数織り込んでいるとおぼしい力作。作曲者と演奏家の協働の賜物と想像する。一回り大きい楽器に持ち替え、発声も伴う第2曲"Ysica"、無窮動的な第3曲"ボレロ"が印象的。全編を通じて、何とかしてこの楽器の本質を見極めようという、作家の強い意欲が感じられる。それゆえの、聴いた後の爽やかさ。

都山流創始者の作、同流の山本邦山氏が取り上げてこの楽器のレパートリーとなった唯是作品、邦山氏の弟子であり、長谷川氏の師である藤原道山氏のために書かれた川島作品、そして、自身の委嘱作。流派の系譜を作品で辿る、筋のくっきりと通ったラインナップだった。

バッハ作品…アルマンドとクーラントはやや気忙しく、練習曲のように聴こえた。もっとじっくりと攻めて、曲の構造を明らかにみせてもよかったか。丁寧に奏されたサラバンド、快速のブーレーは好演。

ここでも、長谷川氏の音のふくよかさと安定感が改めて示された。氏の技量を持ってすれば、トラヴェルソのレパートリーをほぼそのまま取り込んでしまえるのではとさえ感じる。今後の取り組みに期待。

坂東作品…架空の尺八流派の秘曲復元という趣旨の「シアターピース」(作曲者によるプログラム・ノート)。"長崎から江戸まで歩いて旅した象"がテーマとのことである。奏者は、舞台の上を移動し、身体の向きも様々に変えつつ、下管のみの吹奏、楽器を横に構えて指孔を吹く、上下逆に構えて管尻を吹く、などの奏法を駆使する。いろいろな音が聴けて楽しい。シュトックハウゼン作品の「ハルレキン」を思い出したり。ただ、結局のところ、なぜ「象」なのかが、最後まで判然とせず、せっかく巧妙に捏造した「鳴吹流」の偽史が充分に活かされたとは言えない。長谷川氏の身体を張った力演が充分に報われていない感があって残念。

松村作品…長二度・短二度など小さい動きを積み重ねていって大きなクライマックスに至る。尺八一本という最小の編成の中で、この作家らしい書きぶりが端正に結実した作。いかにも日本的なフレーズや中東風にも聴こえる楽句が入り混じり、独特な世界観が展開される。

長谷川氏の、実に豊かな音色、高い技量と音楽性を堪能することができた。不勉強で、これまで氏の演奏をきちんと聴いていなかったことが悔やまれる。今後はできるだけ聴いていきたい。(2024年9月10日 東京オペラシティ・リサイタルホール)

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