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湯浅譲二 95歳の肖像 合唱作品による個展

全曲湯浅譲二(b.1929)作品
全曲指揮:西川竜太

混声合唱曲「海」(2015) 詩:谷川俊太郎
混声合唱曲「雲」(2012) 詩:谷川俊太郎
混声合唱曲「歌 A Song」(2009)詩:谷川俊太郎
混声合唱団「空(くう)」

「プロジェクション ― 人間の声のための」(2009)
声のための「音楽(おとがく)」(1991)
ヴォクスマーナ

「芭蕉の俳句によるプロジェクション」(1974)
混声合唱団「空(くう)」・女声合唱団「暁」・男声合唱団クール・ゼフィール
悪原至(ヴィブラフォン)

「問い」(1971) 言葉:谷川俊太郎
混声合唱団「空(くう)」・女声合唱団「暁」・男声合唱団クール・ゼフィール

企画·主催 TRANSIENT
後援 特定非営利活動法人日本現代音楽協会
助成 公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京[東京都芸術文化創造発信助成]公益財団法人野村財団
録画 後藤天
録音 株式会社カメラータ·トウキョウ
チラシ·パンフレットデザイン 青木隼人

湯浅譲二氏の合唱作品を、時代を遡って聴いていくプログラム。

「海」「雲」「歌」…湯浅氏の、自分が曲をつけるのに適した詩をとのリクエストに、谷川氏が答えたものだという。作品の制作がことばから始まっている。ごくゆったりとしたふしに、非常に複雑で繊細な和音が添えられていく。テクストに丁寧に寄り添う音楽。

「雲」は各連最初の音節がいずれも「オ」なのだけれど、詩の内容に応じて、徐々に明るい色調に遷移していくさまが美しい。「歌」の、日本語テクストと英語訳テクストがぬるりという感じで静かに切り替わっていく過程がおもしろかった。演奏はもう少し柔らかさがあってもと感じたが、真摯な歌に好感が持てた。

プロジェクション…先日のヴォクスマーナ定期公演で聴いた時よりも、音像移動が鮮明で、聴きごたえがあった。個々の音の区別も明確で、言語音の豊かさを実感できた。

「音楽」…ヴォクスマーナ定期の折に比べて、こちらの耳が慣れたせいもあるのか、素材がオノマトペであることが早い段階から明瞭に感じられる。あたかもことば未満の響きからことばが生まれ出てくるさまを目撃するかのようだった。半ばあたりでみられる女声アンサンブルの細かい動きも見事。

芭蕉…非常に充実した作品。プログラムノートの次のことばに、「プロジェクション」が作曲者にとって本当に特別な作品群であったことがよくあらわれている。

「「野ざらしを」の句は、芭蕉にとって、旅への一つの決意であったように、僕にとってもこのプロジェクションに対する決意とも言える」

(演奏会プログラム)

この曲も、作曲者にとって人生を賭しての「投企(projection)」なのであった。10曲それぞれに特徴的な音空間が展開される。女声のみの4、前方に男声、後方に女声とシフトが大きく変わる8の趣向がおもしろい。男声は、しばしば義太夫のような発声を使う。3の蠱惑的な感触も魅力的。9では寒々とした渥美半島の景色が浮かぶ。芭蕉の生涯最後の句である10が劇的に仕立てられていたのは意外。

問い…歌い手は全員サングラスをかけている。個を消す演出か。当初整然と並んでいた演奏者たちは、大きくシフトを変える。こういった「シアターピース」という建て付け、男性語・女性語の区別がわりに明確、「ベトナム」ー「沼」というやりとり、トラメガで呼びかける趣向など、時代を感じさせる部分もある。プログラム・ノートで作者は次のように述べる。

「音楽の中に言葉が侵入してくるというよりも、言葉でも、音楽でも、単独では成立し得ない世界へのいわば回帰がら新しい魅力としてたちきれないものになったのでした。2年前言葉によるテープ作品、「ヴォイセス・カミング」をつくった発展線上に考えが落ち着いたのです」

(「東京混声合唱団第61回定期演奏会プログラム・ノート、1971年3月9日」)

文脈から切り離されたことばたちは、しかし一たび発せられると、ないはずの文脈があたかも phantom limb のように無数に浮かび上がる。谷川俊太郎氏によるテクストは、時代を超えて今のわたくしたちの言語生活を客観化して提示してくれる。

湯浅氏による合唱創作の足跡を遡求的に辿り、源泉にまで至る道行は非常に興味深かった。日本語ということばと初めから不可分であったということが明確に示された。近作の3つの合唱曲や最後の「問い」においては、谷川氏によるテクストが先行してさえいた。日本語による新たな創作のためにも、今後も氏の作品がこれまで以上に積極的に取り上げられていくことを望みたい。

いくつかの曲で、まさに演奏が始まろうとするタイミングで会場内の沈黙が保たれなかったのは残念。相撲と同じで、ステージと聴衆の立ち会いというのが確かにある。客席のあちこち、舞台袖からも物音がして、西川氏は演奏に入りにくそうだった。湯浅作品はいずれも繊細な始まり方の曲だったので、両者の息がふっと合う瞬間は必須だったと思う。

作品をきちんと把握した上で真摯に作品に取り組んだ4つの合唱団、そして難曲たちをまとめ上げた西川氏に大拍手。(2024年8月12日 豊洲シビックセンターホール)

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