見出し画像

アピチャッポン・ウィーラセタクン「太陽との対話(VR)」

国際芸術祭「あいち2022」の委嘱による作品。

映画鑑賞とVR鑑賞の2部構成からなる。映画は主人公の男性のモノローグを背景に市街地などの風景がゆっくりと切り替わっていく。男性は夢を見たと語る。夢の中で詩人たちが集まってくるのだという。「彼らは見ないふりをする」ということばが印象的である。

映画鑑賞のパートでは、同じ会場内で前の上映回の参加者がVRを鑑賞している。VR鑑賞者が装着しているゴーグルの中では、ほかのVR鑑賞者は光の点として表示されるが、ゴーグルを装着していない映画鑑賞者のことは全く見えない。この状況が非常におもしろく感じられた。同じ空間を共有し、ともすれば互いにぶつかったりするほど近いところにいるにもかかわらず、VR鑑賞者にとっては映画鑑賞者は存在しないのである。さらに、VR鑑賞者がいかなる景色を目にしているかは、ゴーグルのない映画鑑賞者には知る由もない。両者は全く別個の地平(バース)を生きている。

映画にもVRにも、眠る人物が登場する。睡眠中の人物と覚醒している人物も、たとえ空間的に近くとも互いに意思疎通が不可能であり、映画鑑賞者とVR鑑賞者の関係とちょうど並行的といえる。

この「二種類の人間」はもちろん現実社会のーごく単純化されたーアナロジーとして成立する。思想、地位や属するコミュニティといった境遇、年齢・性別などの属性、こういった諸要因によって、同じ世界にあっても見えている風景は全く異なる。視界を異にする者同士は(おそらくは極めて)限定的な相互理解しか成立しない。

会場内では、スタッフたちが鑑賞者の動きを絶えず観察しており、接触しそうな場合には細かく介入していた。現実の世界ではこのスタッフに相当する存在が適切な形で機能しているだろうか。

映画の映像は極めて美しく、ゴーグルをつけるよう促されたときももう少し観ていたいと思った。他方、VRは鑑賞経験が全くないため、映像の良し悪しを判断し難い。巨大な物体の出現、視界の大きな回転などの仕掛けに圧倒される瞬間もあった。けれども、画像の精度には改善の余地がかなりあるように感じた。構成や個々のオブジェクトの基本デザインはいかにも美術家の仕事だと感じさせる部分もあったものの、地表や具体物などの表現はいささか書き割りっぽく、質感に物足りなさがあった。

それでも、最後まで観られたのは坂本龍一氏による音響の存在が大きかった。坂本氏らしい、吟味された素材と巧みに作り込まれたダイナミズムが、鑑賞者と鑑賞空間とを、時として荒々しく、時として柔らかく包んでいた。(2024年3月7日-12日 日本科学未来館 1F 企画展示ゾーンb )

構成・演出|アピチャッポン・ウィーラセタクン
制作アシスタント|ソムポット・チットケーソーンポン
出演|ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー、サックダー・ケァウブアディー・ヴァイセ、チャイ・バータナ、サム・ミッチェル、シータ・キアネラミット
音楽|坂本龍一
サウンドデザイン|アックリットチャルーム・カンラヤーナミット、清水宏一
撮影監督|チャットチャイ・スバン
撮影アシスタント|タナヨット・ループカジョーン
美術監督|ナッチャノーン・プリッブワイ
映像制作スタッフ|ジーラユ・ラッタナカナフタノン、ポンサコーン・ナンタ、スッティッポン・ナンタ
映像制作統括|パットサモン・カムナーツィリ
映像制作アシスタント|ソンポーン・ルーンサイ
映像制作|Kick the Machine Films
VRクリエイター|谷口勝也
VR制作|山口大征、城戸秀幸、ティェンタヌキッチ・ナッタニット、近藤加菜、吉澤里美、佐藤久志、池田義宣、髙鳥光
VRアドバイザー|野村つよし
タイ語翻訳|福冨渉
技術監督|尾﨑聡
舞台進行|及川紗都
照明|吉田一弥
音響|土井新二朗
プロデューサー/キュレーター|相馬千秋
制作|芝田遥
初演・制作|特定非営利活動法人 芸術公社
初演・共同制作|国際芸術祭「あいち2022」、独立行政法人国際交流基金、世界演劇祭/テアターデアヴェルト2023
主催|シアターコモンズ実行委員会
共催|日本科学未来館
特別協力|シェーン・アケロイド
協力|株式会社ライノスタジオ、スカイザバスハウス、ラファエル・ラルコ・エレーラ博物館
機材協賛|株式会社STYLY

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?