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フィリップ・グラス「浜辺のアインシュタイン」(演奏会形式・抜粋版)

出演:中川賢一(電子オルガン/音楽監督) 廻由美子(電子オルガン) 石上真由子(ヴァイオリン) 若林かをり(フルート/ピッコロ) 大石将紀(サクソフォン) 井上ハルカ(サクソフォン)
太田真紀(ソプラノ) 端山梨奈(ソプラノ) 八木寿子(アルト) 林真衣(アルト) 鹿岡晃紀(テノール) 松平敬(バス) 有馬純寿(音響)

70年代後半、スティーブ•ライヒ、テリー•ライリー、ラモンテ•ヤングなどと並んでフィリップ•グラスの名前が日本でも徐々に知られるようになった頃、国内で、この作品を同じ月に2回も、それも作家本人やそのグループを招聘することなく聴ける日が来るなどとは、想像だにしていなかった。"周回遅れ"どころでないとは思うけれど、「ミニマル」と呼ばれる音楽がようやくこの国の音楽家のレパートリーに入ってきた、ということになるのだろうか。この種の音楽の受容ということ、演奏のあり方など、思いをさまざまに巡らせる機会となった。

Knee Play1冒頭のカウント•アップは、語頭の子音が明確で、"これから始まるのだ"という気分にさせてくれる。先日の神奈川県民ホール公演では、この歌い出しに微かな違和感があった。あとから考えて、子音が弱いことが一つの要因だと気づいたのだった。ただ、Trainでは音量のバランスが悪く、声楽がよく聴き取れなかった。他方、そのことを奇貨として、本来的には記号である階名や数字が、この作品では「言葉」として重要な意味合いを持っていることがとてもよくわかった。ことに今回はセリフもナレーションもないため、尚更である。Night Train の太田氏、鹿岡氏は好演。前半も進んでくるにつれ、音響バランスが補正されたようで(器楽のボリュームをやや落としたか)、少し言葉が聴こえるようになった。

休憩を挟んで後半、ヴァイオリンと声楽によるKnee Play4や、ソプラノとオルガンのBed はカットがかなり目立った。なんだか楽曲解説の譜例だけ弾いてもらっているようで、あまりに呆気なくて残念。こういう形では落ち着いて音楽の中に浸っていることができない。Bedの太田氏は豊かな声量だけれどフレーズが途切れがちなのが惜しい。Building/Trainはサックスの2人(大石氏、井上氏)の熱演が印象に残ったが、その分、声楽のボリュームが寂しく感じる。

正直に言うと、このあたりまでは、演奏に一所懸命というべきか、譜面を正確に音に起こしていくので精一杯な感じがあり、ドライブ感が今ひとつと思われた。しかし、終幕のSpaceshipからKnee Play5にかけては全員が一体となり、とても聴きごたえがあった。

全編を通じ、ヴァイオリンの石上氏はズーコフスキーを彷彿とさせ、否それ以上にごりごりと弾きこなしていて、印象的だった。フルートの若林氏はパワフルな演奏で、要所要所を締めていた。声楽陣は一人ひとりが本当に誠実な演奏と感じたけれど、6名ではやはりボリューム上無理があったように思う。せめて倍にしてほしかった(ア•カペラのKnee Play3がまるまるカットとなったのは残念だったし)。キーボードの迴氏のがんがん責める弾きぶりは流石と思った。

そして、大作をまとめた音楽監督の中川氏の手腕に拍手。

神奈川の公演は、今ひとつ音楽が尊重されていない憾みがあったけれど、今回はきっちりと音楽に耳を傾けることができた。できることなら、このメンバーを核として、アンサンブルを増員、ダンスもセリフも揃った、(カットも最小限の)オリジナルに近い形の舞台を実現して欲しい……と強く思ったのだけれど、無理でしょうかね。(ザ•フェニックスホール)

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