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湯浅譲二 95歳の肖像 室内楽作品を中心に

1、ピアノ四重奏曲「トライアル」(2012)
vn:石上真由子、va:田原綾子、vc:山澤慧、pf:大瀧拓哉

2、弦楽四重奏のためのプロジェクションII (1996)
vn:成田達輝、vn:石上真由子、va:田原綾子、vc:山澤慧

3、ホルン・ローカス(2014)
hr:庄司雄大

4、芭蕉の俳句による心象風景(2007)
vn:成田達輝、pf:大瀧拓哉


5、弦楽四重奏のためのプロジェクション(1970)
vn:成田達輝、vn:石上真由子、va:田原綾子、vc:山澤慧

6、歌曲「おやすみなさい」(詞:長田弘) (2013)
sop:松原みなみ、pf:高橋アキ

7、内触覚的宇宙II トランスフィギュレーション (1986)
pf:高橋アキ

8、領域(Territory) (1974)
fl:内山貴博、cl:東紗衣、mar:悪原至、perc:安藤巴、cb:長坂美玖、cond:石川征太郎

企画·主催 TRANSIENT
後援 特定非営利活動法人日本現代音楽協会
助成 公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京[東京都芸術文化創造発信助成]公益財団法人野村財団
録画 後藤天
調律 村上武士(株式会社ムラカミピアノサービス)
チラシ·パンフレットデザイン 青木隼人

当初湯浅譲二氏の95歳をお祝いする演奏会として企画されたコンサート・シリーズであった。ところが、去る2024年7月21日に湯浅氏が逝去なさったため、残念ながら追悼演奏会となってしまった。企画者・出演者の胸中は推しはかるにあまりある。

トライアル…作曲者のプログラム・ノートにこう記されている。

「Vn、Va、Vc+Pfという、伝統的、古典的な編成、つまり〈古い皮袋〉にどう新しい酒〈未聴感の音楽〉をもるか、という難しい問題を一年以上考えていた」

(初演時プログラム・ノート)

弦楽四重奏ほどではないにせよ、蓄積の多数ある合奏形態を前に、本作においては創作にあたってやや力が入りすぎ、生真面目な筆致になったのではないかと感じた。結果として「よくある」楽想の域にとどまった印象がある。もしかしたら、今回も取り上げられた2つの「弦楽四重奏のためのプロジェクション」の完成度の高さが必要以上に圧力として働いたのかもしれない。4人の奏者は程よい緊張感のある演奏を展開した。

プロジェクションⅡ…開始後まもなく、4本がハーモニクスで高音から舞い降りる箇所はため息の出るほど美しい。「プロジェクション」はこの作家のタイトルにしばしば用いられる単語で、サルトルによる実存主義における「投企」に当たる。本来は"自己に相応しい可能性を志向する自由な企て"といった意味合いである。弦楽四重奏、合唱、オーケストラ、伝統的な蓄積が膨大に存在する様々な演奏形態に対して、最も自分らしい創作を企図するという、極めて強く厳しい決意の表明であろう。と同時に、湯浅氏の中では「推移」という運動のイメージが強いのではないかと感じる。一つの楽器から他の楽器へ、一つの状態から別の状態へと、響きはとどまることなく移ろっていく。伝統的な合奏形式を用いつつ、音たちを実に自由に舞わせている。作家の特質が凝縮された作。

ローカス…馥郁たる音、ゲシュトップのくぐもった響き、管の中で歌うなど、この楽器ならではのさまざまな音色を駆使した作品。「ローカス」は軌跡の意味とのことだけれど、長く残る余韻の謂かとも感じた。

心象風景…第4曲でのピアノの効果的な内部奏法など、心惹かれる箇所はあったけれど、全体はいささか冗長だと思う。湯浅氏は芭蕉に取材した作を複数遺しているが、ご自身は句作をなさらなかったのでは、と邪推する。自ら「標題音楽」と位置付けているけれど、詠まれたと思しき情景をあまりにも豊かに説明しすぎだと感じた。豊穣な響きはもはや解題の範疇に及んでいて、短詩形の特性が活きない。成田氏、大瀧氏による演奏は丁寧で、気持ちのこもったものだった。

プロジェクション…もはや「古典」の範疇に入る作ながら、今も輝きを失っていない。湯浅氏独自のグラフを用いた書法と思われる。「プロジェクション」とは、先に触れた2つの意味合いに加えて、グラフから五線譜への「投射」でもあるかなどと感じつつ聴く。個々の楽器はごく自由に動き回っているようで、互いに注意深く聴き合い、緊密なアンサンブルを構成することを求められる。難度は高いけれど、本当に聴きごたえがある作品である。半ばあたり、アルコで奏されるごく短いパッセージが美しかった。2曲の「プロジェクション」は、若手4人の丁々発止のやりとりが見事。

「おやすみなさい」…長田弘氏の詩による。静かだけれど聴く者の深いところに届く歌。

内触覚的宇宙…高音部の単音連打は、遥か遠いパルサーの煌めきを想起させる。髙橋氏の演奏は、場面によって表情づけが細かく調整されていて、至芸に触れた思い。作者は「心象風景」第4曲について「仏教における絶対的孤独」ということを述べていた。本作でもそういった仏教哲学への参照があるのではないかと感じた。各人の「内側」と思っているものも、「外側」と本質的な違いはなく、究極は彼我の区別も無い、といったような境地につながっていくのだろう。

領域…アンサンブルの中心に据えられているのはマリンバだけれど、コントラバスも弦や躯体を叩くなどいろいろな音を引き出している。クラリネットはバス・クラリネット、ソプラノ・サックス持ち替えと、それぞれに見せ場がある。そのため、聴いているほうはどこに焦点を置くかが見定めにくい。本作は東京五重奏団(安倍圭子(marimba)、野口龍(ft)、宮島基栄(cl)、田中雅彦(cb)、有賀誠門(per))を念頭に書かれた作とおぼしい。いずれも当時の名手であり、ソロもあて書きだったと考えると合点がいく。悪原氏の説得力あるマリンバ、楽器の可能性を感じさせる長原氏のコントラバスが印象的。

いずれの作品も、演奏者たちの真摯な演奏が心に残った。(2024年8月7日 豊洲シビックセンターホール)

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