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アヴァンガルド勃興 近代日本の前衛写真 〜許斐儀一郎作品について

「海外から伝わってきたシュルレアリスムや抽象美術の影響を受け、1930年代から1940年代までの間に全国各地のアマチュア団体を中心に勃興した写真の潮流」(展覧会ステートメント)である「前衛写真」を取り上げ、大阪•名古屋•福岡•東京それぞれの土地で活動したグループを紹介する展示。

戦前の1939年から1940年まで福岡で活動していた「ソシエテ•イルフ」という前衛美術グループがあった。写真だけでなく絵画を手がけるメンバーもいたとのこと。当初からのメンバーの中に、許斐儀一郎という人物がいた。上京して慶應義塾大学に入るも結核のため帰郷、実家の造り酒屋を手伝っていたが、同会に入って写真を本格的に始めたという。本展の諸作品の中で、この作家の作品が特に印象に残った。印象を少しだけ記してみたい。

展示されていたのは1930年代から40年代の写真10点である。タイトルが付されているのは「海の墓標」(4-10)と「白い扉」(4-17)(いずれも1939年)のみで、ほかは「題不詳」とされている。

特に目を引くのが、積まれた煉瓦に日が当たっているところを横から撮った一枚である(4-14:1940年)。煉瓦の積み方に凸凹があるため、ところどころ完全に影になっているところや、上の煉瓦の端が下の煉瓦に小さな影を作っている部分がある。そのため、少し離れると、鹿子模様のようにも見える。そばで観てみると、粗めの画質ながら煉瓦表面のざらざらした質感がよくわかる。日の当たった部分と影の部分との、触った時の温度の差も感じられる。

破れた障子を撮った写真(4-16:1939年)がある。一面の格子のほぼ全てにぎざぎざの破れ目ができている。これもよく日が当たっているようで、少し劣化した障子紙の感触が感じられる。

もう一枚の作(4-19)は、川と覚しい水の流れの中に杭が立っており、杭の下流側で小さな水しぶきが上がっている、その一瞬を捉えたもの。杭の脇を回り込んで流れる水は表面に綺麗な筋を何本も描いていて、きっちりと切った葛切りのように見える。

このほか、古びて所々上層の剥げた漆喰壁を撮った写真(4-15)もあり、表層が残るところ、剥がれたところがリズムをなしている。

この漆喰壁や、先の煉瓦を撮ったものなどは、視覚的なリズムのおもしろさを捉えようとした部分もあるようだ。しかし、この作家はそれよりも対象の触感そのものを写したかったのではないかと感じた。選んでいる被写体はいずれもごく身近なもので、作家自身が実際に手で触れたこともあるのではないかと推測される。その時の手や指の感触、対象の温度や質感、そういったものがモノクロの画面に丁寧に記録されている。いわば眼で触れる営為をそのまま印画紙に写し取ったのだと感じた。物のみを捉えた画面ながら、ファインダのこちら側に対象を慈しむような眼差しがある、それがこの作家の魅力なのだろう。(2022年5月20日〜8月21日 東京都写真美術館)

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