見出し画像

大石将紀プロデュース ポートレイト・オブ・グラハム・フィトキン

JIM AND PAM AND PAM AND JIM for soprano saxophone(1995)●
GATE for soprano saxophone and piano(2001)●▲
BLUE for piano(1994)▲
TUNCH for piano(1998)★
FROM YELLOW TO YELLO for piano(1985)■
T2 for piano DUO(1999)■★
ARACR for piano DUO(1999)■★
SCISOPHY for 2pianos/8 hands(1986)▲■★▼
GLASS for soprano saxophone and piano(2000)●▼
HARD FAIRY for soprano saxophone and 2 pianos(1994)●▲▼

大石将紀(サクソフォン)●
黒田亜樹(ピアノ)▲
宇田川日和(ピアノ)■
若松寛子(ピアノ)★
渡邊さくら(ピアノ)▼

フィトキンの名前は、だいぶ以前、かつて英米の新しい音楽を積極的にリリースしていた argo レーベルの、ピアノ•サーカスによる作品集で知った。そのアルバムに収められていた"log"(1990)などは、いかにもミニマルと感じさせる部分があり、かつポップな味わいの強い楽曲で、日本のテレビCMでも使われたりしていた。他方、ピアノ•ソロの作は打って変わって静かで、沈鬱とさえ感じられるような曲も多い。自分にとってはこの二重性が不思議で、正直に言うと長らく聴きかたがよくわからずにいた。

今回の公演は、サクソフォン(本公演ではソプラノ・サクソフォンのみ)とピアノによる作品によるポートレート・コンサートである。

JIM AND ~ はごく素朴な旋律が美しい。音数がやや増す部分は、この作家らしい節回しが見られる。続く GATE はサクソフォンとピアノの丁々発止の掛け合い。主としてピアノの左手が細かいリズムを刻み、音楽をぐいぐいと推進する。ピアノ・ソロ3曲はいずれも静かなナンバー。黒田氏がトークで「響きのミニマリズム」というようなことをおっしゃっていた。たしかに、単音や和音一つひとつにじっくり耳を傾けて味わうことのできる曲たちである。特に BLUE が印象的で、コードの強奏と、対照的にメランコリックな旋律が交互にあらわれ、聴衆は深い響きの海に誘われていく。

T2、ARACT は4手の作品で、いわゆる”ミニマル色”の強い作品、二人の息が小気味よく合い、爽快。SCISOPHYは8手のゴージャスな印象の作品で、大編成のジャズ・アンサンブルのための"cud"(1998)を彷彿とさせる。GLASS は静かな音楽、最後のHARD FAIRY はソプラノ・サクソフォンが二台のピアノを相手に、超絶技巧を繰り出す。

並べて聴いてみて、この作家の作品が、伝統的音楽の様式感を確固とした枠組みとして持っていること、そして、いわゆるミニマル音楽の主軸と言うべき「深い聴取(deep listening)」というアプローチを下地としていることがよくわかった。さらにそこに、自身が蓄積してきたジャズやロックといった、非クラシックの諸要素を取り入れることで独自の音世界が形成されている。だが、そういった要素を単にパッチワークしているのではない。充分に身体化したうえで-作曲家自身が優れたピアニストでもある-その片鱗をわずかにのぞかせたり、あるいはほんのりとしたエコーを響かせたりと見せ方が巧みである。この、深い聴取という思想は、BLUEをはじめとするゆったりとしたテンポの作品において顕著にみられる。だが、SCISOPHY のようなはなやかな曲調の作品も、よくみると基盤の部分には深く想いに沈むかのような楽想がある。この作家においては、「深い聴取」が創作の基層を成していることがよく理解できた。

プロデューサーも勤めた大石氏は、つい数日前に大阪アインシュタインに参加したばかり。高度な技巧を要する作品によるコンサート、しかも昼夜二公演という超人的な活躍に感服。黒田氏率いるピアニスト陣はいずれもこの作家らしい音を見事に紡ぎ出していた。(2022年11月2日 トーキョーコンサーツ・ラボ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?