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「現代音楽レクチャーシリーズ お茶の間サイズの現代音楽史」(全6回) 最終回「今日の音楽~作曲家 山本和智 自作を語る~」

 <これまでのタイトル>
 第1回「導入とドビュッシー」
 第2回「ドビュッシーから第一次世界大戦」
 第3回「終戦から第二次世界大戦」
 第4回「第二次世界大戦後①」
 第5回「第二次世界大戦後②」

講師:山本和智(作曲家)

『ヴァーチャリティの平原』第1部 ⅲ-軌道A
チェロ:北嶋愛季

3つのそろばんのための『オペラ』
西久保友広、彌永和沙、柳沢勇太

3人の箏奏者と室内オーケストラのための『散乱系』
指揮:浦部雪
箏:マクイーン時田深山、日原暢子、内藤美和
ヴァイオリン:三瀬俊吾、松岡麻衣子、中澤沙央里、白小路紗季、亀井庸州、加藤綾子、田口雅人
ヴィオラ:迫田圭、永田菫
チェロ:北嶋愛季、竹本聖子
コントラバス:篠崎和紀
フルート:内山貴博
オーボエ:大木雅人
クラリネット:西村薫
ファゴット:中田小弥香
ホルン:平本彩
トランペット:渡辺アキラ
トロンボーン:村田厚生
打楽器:西久保友広、彌永和沙、柳沢勇太
ピアノ:篠田昌伸 

主催:公益財団法人うらやす財団
制作:株式会社しろばら百藝社
宣伝美術:森田さら

山本和智氏によるレクチャーシリーズの最終回として開催されたレクチャー・コンサートにうかがう。山本氏の話は大変興味深く、ここまでのレクチャーに参加しなかったことが悔やまれた。

山本氏は自らの職業を「作曲家」と言うことに抵抗があるという。曰く、作曲で生活しているわけではない、委嘱を受けなくても、初演のあてがなくとも、自分の書きたいものをどんどん書く、それが基本的なスタンスである。
そして、作曲は自分にとって"生き方”なのだと語る。この思想は、「職業」として保険業についたアイヴズに通ずるのではないかという話が興味深い。

作品について語る中で、「オペラ」においてそろばんのように「楽器ではないものを」楽器として用いるなど、従来確立されている制度を見直すことを志向しているという話があった。昨年の個展「ショウルーム」で聴いた「ペンタフォニー」では、"アンサンブル"という概念の見直しが試みられていた。ならば、オーケストラという制度の解体にも是非挑んでいただきたいと個人的には感じる。

「軌道A」…5つの部分ごとに少しずつ弓を回転させ、それぞれ弓の木の部分、木と弓、弓、弓と木、木を用いて弾いていく。ただ、その推移が「軌道」だという説明が今ひとつよくわからない。北嶋氏は好演。

「オペラ」…楽器としてのそろばんのためのエチュードだという。三者が異なるスピードで拍を刻む部分がおもしろい。三人の奏者の妙技に拍手。
そろばんは、球の大きさを厳密に揃え、また、動きを滑らかにするために、軸と球に穿った穴との摩擦を可能な限り小さくしてある。その結果、球を動かす指の動作によって、小気味良い繊細な音が作り出されていく。そうした、計算機という道具としての精度を上げるための工夫が、結果的に楽器としての魅力を演出する。「散乱系」での糸電話と同じく、身体の動きがそのまま音となる。山本氏の音楽には絶えずそうした身体性への関心があるように感じる。

「散乱系」…タイトルは宮澤賢治の「春と修羅」の中にある文言によるとのこと。3人の筝奏者はそれぞれ2面ずつの筝を担当、一方は弦に長い絹糸を結びつけ、もう一方の端は客席の上を渡って、ホール後方壁面の高所に留められている。糸の途中にプラスチック製のコップを通して糸電話にしてあり、独特の音響を生み出す。また、糸電話に接続された筝のうち、左右の2面は、それぞれ1本の弦にアナラポス(長いばねの端に缶を取り付けたもの。オリジナルは鈴木昭男氏?)を結んである。

会場内の風景(作曲者より撮影許可あり)

冒頭、管楽器群の息の音に、筝の弦を擦る音が重なる。両者の非常に親和性が高いのは、どちらも発音原理が摩擦であるためである。当たり前のことだけれど新鮮に感じる。そこへやはり摩擦音である弦楽器群のアルコが滑らかに加わる。

筝の弾く音が糸電話のコップの部分でポコポコという音に変換される。弾音が一種の打撃音であることを認識させられた。昨年の「ショウルーム」でも感じたことだけれど、山本氏は個々の音についての観察が実に細やかだと思う。

曲自体は緩急の対比のついたいくつかの部分から成り、平明である。しかし、ここでのアプローチは、邦楽器と西洋楽器を"出会わせる"といった単純な趣向とは全く異なる。邦楽器の音色についての深い観察・検討に基づくものと思われるし、その上で、邦楽器である筝を、西洋楽器と対立するものとしてではなく、「オペラ」におけるソロバンと同様、"音を発するもの"として一旦フラットに捉え直すような、そんな扱いに近いように感じる。それゆえ、自然に聴き手の内に入ってくる音楽でありながら、さまざまな発見を与えてくれる佳品であった。三人のソリスト、オーケストラともに力演で聴きごたえがあった。

「ショウルーム」に引き続き、山本氏の創作に対する考え方の一端に触れることができてありがたかった。氏の姿勢は、本当に書きたいものを書くという方向性が一貫していて潔い。個人的には、作品によって納得に至らないものもあるけれど、作者の意図が一部なりとも見えたものについては共感できるところが大きい。これからもできる限り追いかけてみたい。(2023年10月8日(日) 浦安市文化会館 小ホール)

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