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楽園ネズミと植民地ネズミの話

世界一やさしい依存症入門

最近、依存症が私の関心事の一つであり、依存症の本をよく読んでいる。依存症の臨床と言えば、精神科医の松本俊彦先生が有名である。今回は松本俊彦著『世界一やさしい依存症入門』を紹介したいと思う。こちらは14歳の世渡り術シリーズの一冊で中学生に向けて書かれており、非常に読みやすい。薬物依存、ゲーム依存、自傷行為など様々な事例を交えて書かれており、実践とも結びついている。同シリーズの『「こころ」のお仕事ー今日も誰かのそばに立つ24人の物語』も良かった。

楽園ネズミと植民地ネズミ

『世界一やさしい依存症入門』を読んで一番印象に残っているのは、楽園ネズミと植民地ネズミの話である。これらのネズミの話はご存じだろうか。少し紹介してみようと思う。

1978年、カナダのサイモン・フレーザー大学でブルース・アレクサンダー博士らはこんな実験を行った。まず32匹のネズミを用意する。その32匹を2つのグループに分ける。
1つ目のグループの16匹は、ゆったりとした広場で過ごさせる。床にはウッドチップが敷き詰められ、仕切りはなく、ネズミたちは一緒に遊んだり、自由に交流したりすることができる。ひとりでも過ごせるようにするためか、空き箱や空き缶も置かれている。エサは食べ放題。そう、「ネズミの楽園」である。このグループが「楽園ネズミ」。
2つ目のグループの16匹は、1匹ずつ別々の檻に入れられる。自分以外のネズミの姿は見えず、交流を遮断された世界である。エサは決められた時間に決められた量だけ運ばれる。このグループが「植民地ネズミ」
この2つのグループに2種類の飲み物を与える。1つは普通の水。もう1つはモルヒネ入りの水(砂糖を入れて飲みやすくしてある)。どちらのグループも2種類の飲み物をいつでも好きなだけ飲めるようにし、57日間の観察が行われた。
57日後の結果はこうだ。植民地ネズミの方は、全てのネズミが普通の水よりモルヒネ入りの水の方を多く飲んだ。一方、楽園ネズミの方は、最初はどのネズミも普通の水とモルヒネ入りの水の両方を飲んだものの、途中でほぼ全てのネズミがモルヒネ入りの水を飲むことを止めた。そして、普通の水だけを飲むようになったのだ。

この実験が伝えたかったことは何か。それは「どんな状況だと、依存症になりやすいか」である。交流を絶たれ、孤立した植民地ネズミは依存症になったが、他者との交流を持つことができた自由な楽園ネズミは依存症にはならなかった。もちろんネズミと人間が同じということではないが、人間にも当てはまる部分はかなりあるのではないか。依存症になりやすい人は孤立している人なのかもしれないと。松本先生はこう述べている。

依存症とは、「人に依存ができない病」なのです。

この実験には続きがある。依存症になった植民地ネズミを、楽園に移すというものだ。楽園ネズミの仲間入りを果たした植民地ネズミはどうなったか。楽園に棲み始めてしばらくしてモルヒネ入りの水を飲むことをやめ、普通の水を飲むようになったのだ。

依存と自立

私たちはきっと誰もが多かれ少なかれ何かに依存しているのだろう。今は欲しいものがあれば、ネットでポチッとボタンを押せば、いつでもどこでも簡単に手に入れることができる。映画やドラマなどのコンテンツも充実しており、PCで何時間でも視聴できる。ゲームは昔よりも映像が綺麗になり、楽しめる要素が増えた。退屈な時は頭を空っぽにしてスマホでTwitterを眺めていれば、時間はすぐに過ぎ去っていく。

「モノ」には依存しやすい状況になっている。人に対しての依存はどうか?人に依存するのはなかなか難しい人が多いのではないか。人に頼ることは勇気がいる。怖さもある。「モノ」に依存していた方が心の痛みを感じずに済む。しかし、人に依存することは人が成長していく上で必要なことでもある。小児科医のD.W.Winnicottの言葉で「依存のない自立は孤立にすぎない」というものがある。また、イギリスの作家でジャーナリストのジョハン・ハリスさんはスピーチで「依存(アディクション)の反対は、シラフではなく、つながり(コネクション)だ」と述べているそして、小児科医の熊谷晋一郎先生は「自立とは依存先を増やすことである」と言っている。どうやら自立と依存は密接に関係しているらしい。

先日、「心の傷を癒すということ 劇場版」を観ていて柄本佑が演じる精神科医の安先生のこんな台詞が心に残っている。「心のケアとは誰もひとりぼっちにさせないこと」心理職として大切にしていきたい考えである。

本当の依存症の話をしよう
最後に、楽園ネズミと植民地ネズミの実験の話は漫画にもなっているので、そちらも紹介したい。スチュアート・マクミランの『本当の依存症の話をしようーラットパークと薬物戦争』という漫画だ。「ラットパーク」と「薬物戦争」の2つの漫画が収録されている。作者は、オーストラリアの漫画家で、様々な社会問題を取り上げて、ノンフィクション漫画を執筆している。こちらを読んでみるのもいいかもしれない。


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