見出し画像

ふわふわ #8

この作品は、ふありがまだnoteを始めて間もない頃に綴った初期作品です。マガジンもご用意出来ていますから、どうかそちらから入って頂くとストーリーに導入しやすくなるかと思われます。


《今迄のあらすじ》
宮坂中学に通う受験生の美羽みうは、数学が、大の苦手。あまりに酷い状況に父親が、会社の部下の娘に家庭教師になってもらうと断言。実際顔を合わすと、そこには女性ではなく、男性の大学生の教師がいた。戸惑う美羽に、家庭教師の凪七なぎなは優しく接し、美羽の心を開いていく。一方、宮坂駅で出会った、恐ろしいほど美しい外国人の男性と、連れの美少女が、何故か自分の跡を追うかのように現れては消えて…家庭教師の凪七と喫茶店で会話中にも現れてーーー


#、8

(…あの二人、もしかして)
 ポカンと口を開けたまま眸が釘付けになっていると、凪七さんが心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの、美羽ちゃん?一階になにか用事?」
 ハッとしたあたしは、視線を戻して桃のフロートを啜る。クリスタルのようなキラキラ綺麗なグラスに注がれた、凪七さんチョイスの桃のフロートはちょっぴり酸味の効いたあまい桃が使用されている。
「…心、ここにあらず…って感じかな」
「え」
 凪七さんが、肩肘をテーブルに突き立て、頭を預けてこちらを見ている。あたしはなんだか急に気恥ずかしくなり、両手を振りながら、
「あ…ああの。その…1階の入口に見知った人がいて、偶然だなーと、思ってしまって。あ、でも似ているだけで…本当は全然別人だったり…して」
「ふーん。見知った人…ね…」
 そう言いながら、凪七さんは姿勢を変えて、1階を見下ろす。
「ふーん。美羽はああいうキレイめ系の美形が好きなんだ。俺が女だったら…やっぱり好きになるかもね」
 なんだろう…凪七さん不機嫌になってる?なんとなく声に棘が感じる。
「俺さあ、すぐ近くに俺が居ながらよその男に釘付けになる子って、あんまりいい気分じゃないんだよね。でも、美羽は特別だから許すけど。彼女でもないし」
『彼女でもないし』
 痛い。なんでそんなこと言うの?確かにあたしは凪七さんの彼女ではない、一家庭教師の先生だ。あたしは、宮中のプリーツスカートをくしゅっと握り、下を向いたまま涙を堪えた。顔は見えないが、凪七さんはお店のガラスの外を、人通りを傍観したまま何も言わない。
 と、その時。
「…失礼。探したぞ、美羽。あれから、慌てて去ってしまうから、チュッパチャップスの礼も言えずじまいだ。お陰で君の生気を辿ってようやく見つけた…ん…美羽、泣いているのか?」
「「え」」
 あたしと凪七さんの声が重なる。動揺した声。思わず、顔を上げると、美形お兄さんの指が伸びてきて、あたしの涙の雫を拭う。あたしはなんと言ったら分からず混乱してしまい、ただ、じっとしていた。
「涙の理由は彼か?」
 そう言って、初めて美形お兄さんが凪七さんに意識を向ける。
「なに?俺になんか言いたいわけ?」
 不機嫌を丸出しにして、凪七さんが突如自分とあたしの間に割り込んできた男性を睨む。
「メニイ、美羽と1階席で待っていなさい。俺は彼とすこし話したいことがあるから」
 いつの間にか、美形お兄さんの背後から、フリフリの可愛らしいお洋服を着た美少女のメニイちゃんがプラチナのサラサラした髪を揺らして、ひょこっと顔を出すと、あたしの手を握り、引っ張る。
「ち、ちちちょっと待って!メニイちゃん!あ、あのっ」
 あたしはメニイちゃんを引き留めるだけの説得ができず、螺旋階段を降り、メニイちゃんがパフっと大きな本皮のソファに座ってしまう。すぐ近くに大きな葉の観葉植物が置かれていて、丁度2階席の死角になってしまい二人の姿は全く見えなくなってしまった。そして、その代わりあたしの眸に映ったものは、大きな白いプレートの銀の三段重ねのケーキスタンドに盛られた、スイーツの砦だった。
「あ…あの、メニイちゃん、これ全部食べるの?一人で?」
 当のメニイちゃんは、にっこり微笑みながら花柄のフリフリのスカートの上にナプキンを丁寧に敷いて、テーブルの上の三段重ねのケーキスタンドから一番下の胡瓜のサンドイッチを小さな手でつまみ、口に運ぶ。その一連の動作があまりにも品性に溢れた所作で、この子は、きっとどこかのお屋敷で暮らす令嬢なのではないかと想像してしまった。
(でも…なんでメニイちゃんは喋らないのだろう。初めてからずっと抱いていた疑問。けれど、メニイちゃんは、他の人と上手く意思疎通をこなしている。だったら、べつに言葉など不要なのかもしれない)
ということは、美形お兄さんとなにか関係…ううん…最初からずっと二人で居るんだから仲は良いのだろう。
わたしとメニイちゃんは、ケーキスタンドのお菓子をつまみながら、メニイちゃんは、ただニコニコと笑い、品よくお菓子を咀嚼そしゃくしている。
「美羽ちゃん!」
凪七さんの、余裕の無い何処か苛立った口調で名前を呼ばれ、あたしはビクッと背筋が、凍りつく。
「…凪七…さ…」
あたしの少し怯えた表情を見た凪七さんは、前髪をクシャッと手のひらでいじると、
「ごめん。足はまだ痛む?」
と、案じてくれた。ああ、いつもの凪七さんだ、と、安心して張り詰めていた緊張がほどけていく。
よかった。いつもの凪七さんだ…。
「…あの男には、関わらない方が良いよ」
 え?!
「俺の好きじゃないタイプ。君には合わないよ」
どこかふてくされたような口調に、再び重たい雰囲気になる。
「君の王子様は、あんな奴じゃないよ」
「凪七…さん?」
「とにかく彼と、そこのお嬢さんからはね…関わらないで」
凪七さんは、そう告げてあたしを抱き抱えると、月兎耳つきとじの出入口に歩いていく。
「マスター、今日はツケにしといて」
すこし大きな声で言うと、返事も待たずに店を出た。



#、9に続く


この記事が参加している募集

#自己紹介

231,067件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?