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罪悪からの解放 ACT.2 #1

 《前書き》

友人であり、noteを始める、ずっと以前からの読者様のリクエストにお応えして書かせて頂きました。
前作、『罪悪からの解放』の続編になります。
初見の方は、まずそちらからお読み頂けると、物語の時系列に沿っていく形の読書になると思われます。お薦め致します。


#1
 目覚めると真白の部屋にいた。寝かされていた寝台は白いレースのカーテンに包まれ、微かにふわりと波うつように揺れている。
 エナフィーナは、そっと起き上がり自分が純白のドレスをまとっていることに気づいた。シルクのロングスリーブに、身頃はAラインのかかとまで届く、シルクとチュールが二重に重なったシンプルなドレス。品のある、美しいドレスで、よくよくシルクの生地を見ると、粉雪をまぶしたようなキラキラ光るラメが全体に施されている。とても手の込んだ高価なドレスだとエナフィーナは思った。ドレスに感心もしたが、なにより、こんな美しく高価なドレスを自分に着せる人物は何者だろうか…と疑ってみたが、それらしい人物が一人も思いつかない。この、白い空間と、謎の純白のドレス。
「ここ…どこ?わたし…死んだはずじゃ…」
 サァァァ〜
 風の音がした。
 寝台の片側のカーテンがふんわり大きく膨らむ。それは徐々に勢いも増してゆき、眸を開けていられないほどで、その風圧から自身を護るように、両腕で顔を覆う。眸をギュッと閉じていると、聞き覚えのある声がした。
「こんばんは。僕は死刑執行人、あなたをさらいに来ました」
 そう言って、死刑執行人は、にっこり微笑む。
 心の中で、ガッツポーズ。
 キマった。
黒法衣を纏った美青年は、前回エナフィーナに挨拶をスルーされているので、正直、プライドを挫かれている。
「…だ…れ…」
 エナフィーナは、蚊の泣くような細い声を震わせ、呟くので、またしても黒法衣のプライドはズタボロだ。
「…僕のこと忘れちゃった?可愛いお嬢さん」
 真白の部屋に唯一ある出窓に、足を組んで優雅に腰掛け、右手を差し出す。その眸は妖しげで深紅の眸を隠すためだけのフードとも受け取れる。
「…僕の名前はオーソヴィル。正真正銘の死刑執行人だよ。思い出した…かな?」
 エナフィーナは、ポカンと口をひらき、オーソヴィルの話を聴いていた。
「死刑執行人のオーソヴィルさん。わたし…死んだはずですよね?あなたのお力をお借りして。なのに…なんでわたしは生きているのですか?死にたかった…死にたかったのに…」
 エナフィーナが、頭を抱えて嗚咽するので、オーソヴィルは出窓からストッと軽やかに床に降り立ち、コツコツとレースアップブーツの踵の上品な音を響かせて歩き出す。寝台の混乱ているエナフィーナの細い右腕を掴んだ。
「落ち着いてエナフィーナ。全ては僕の落ち度、ミスだったんだ」
いつもよりワントーン低いオーソヴィルの声に、エナフィーナは背筋をビクンと震わせおとなしくなる。
「ん。良い子」
 オーソヴィルが微笑むとエナフィーナは相変わらず慣れない黒法衣の美貌に視線をそらす。
「単刀直入に言うと、キミは誰も殺していない。殺人の罪なんてものは、キミにはひとつも無いんだ」
 眸を閉じて、ゆったりと幼子に語りかけるように話すオーソヴィルに対し、
「嘘よ!わたしは…殺したのよ…ふたりも!」
 エナフィーナは頭を振り否定する。オーソヴィルはうーんと唸り、足を組み、そこに肘を立てて顔を乗せる。そして優雅に黒法衣のフードをパサッと後ろにやると、ホワイトブロンドのサラサラした髪が現れ、同時に深紅の眸がゆらゆらと揺れた。オーソヴィルは出窓から映る夜空の三日月を、切れ長の眸で眺める。
その横顔は神話の神々のように神秘的で、凹凸のある美麗な相俟あいまって、もしかしたらこの人は、この世の存在ではないのかもしれないと錯誤してしまいそうだ。
「…オーソヴィル様、お願いです。もう一度わたしを殺して下さい。…ひとりでは、怖いのです。あのときのように、背後から加勢してください」
 バッとオーソヴィルの両手首を握り締め、お願いしますと頭を下げ、何度も懇願する。
「…キミはさ、命をなんだと思っているの?軽視し過ぎだよ。死神に取り憑かれているのかな…」
「…し…にが…み?」
 エナフィーナが、虚ろに反芻すると、オーソヴィルは、そう、と頷きエナフィーナのか細い体を引き寄せ、
「…キミは…死ぬことで楽になりたいと思っている。よく聞いて。罪を犯したものは、それ相応の罰が与えられる。精神的にか、肉体的にか…それは煉獄の長が決めることだから僕には分からない。でも、ここが一番重要。例え地獄行きが決まったとしても、生前に犯した罪の記憶は引き継がれると…。エナフィーナ、それでもキミは、死にたいと思えるかな?」
あまい声で囁き、告げると、にっこり笑った。つまり、このまま罪の意識を抱えたまま生きるのと、死んで罪を償いながら、それでも罪の意識は消えはしないということ。
「死んで、解放されたいなんて甘っちょろくはできていないんだ。それくらい命は重く尊いものなんだよ。」

罪悪からの解放 ACT.2 #2へつづく


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