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ふわりとひかる《百合系小説》


 わたしは彼女の言葉に、たまらず席を立ち上がり教室を出た。
(違う…違う…彼女の言葉は嘘だ)
だって、彼女は世界的に認められているアーティストだ。
そんな凄い人が…、あんな事言うわけない。言ったとしても冗談で、本気なわけない。

わたしは、予鈴が鳴っているにも関わらず、一人になりたくて廊下の両端に設けられた、非常階段まで走り、ドアノブを回した。
ガチャ……
扉が開き、わたしは外に出て、扉を閉める。鉄筋コンクリート製の、階段の踊り場にしゃがみ込み、なぎさひかるの言葉を頭から叩き出そうと、必死になった。
わたし達女の子だよ。
なのに何でそんなこと言うの?
『可愛い』だなんて。
ケージに閉じ込められた小動物を、可愛い…と無邪気に言うみたいに。
言葉になんの責任も感じさせない褒め言葉。
最低。

ひかるが憎いのに、なのに…嫌いになりきれないのだろう。
答えは分かっている。
わたしが、ひかるが好きだから。
可愛い…なんて言われる前から、ずっとずっとひかるを想っていた。
恋愛対象というより、憧れ、羨望。
パブロ・ピカソの描く人物画より、ひかるの描く人物画はひとみが、生き生きとして、クリスタルガラスより透明感があって、美しかった。
ただの憧れでいたかった。
それで十分だったのに、境界線の有刺鉄線を越えてしまった自分への罰だ。
「ああああああっ!!」
 こんな苦しみから解放されたくて…一層ここから飛び降りてしまおうか。塀の前に立ち、手すりにつかまる。
そのまま重心を前に傾けて…

その時、非常階段の扉が開き、誰かが『ふわり!』と、呼んだ。
恐る恐る振り返ると、そこには美しい佇まいの…
「…ひかる」
が、いた。
トントントンと軽やかなステップで踊り場まで降りてくると、ひかるは整った表情をしかめて、わたしに手を伸ばす。わたしは、反射的にギュッとを閉じて、耳に両手を当てる。
「ふわり、さっきはゴメン。でもさ、死ぬのは許さない。教室、戻ろ」
「嫌っ!」
わたしは、ひかるの手をはねのけ、再び階段を上がると、廊下を駆け抜け、普段は立ち入らない旧校舎へ向かった。
ひかるは最近海外から編入してきた生徒で、旧校舎は未知の存在だ、捕まらないで済む。
「あーーあ。結局、授業サボっちゃった」
ひかるは後頭部をワシワシ掻いて、
「旧校舎かぁ…」
と、不敵に笑む。渡り廊下に、足を踏み込んだひかるは、口元に手を当て、くすくす笑う。
「やっぱりどこか抜けてんな、あの子」
と呟くと、迷うことなく鼻歌交じりに目的地へ向かう。

*****

「ハァハァハァ……」
 旧校舎は、天井から蜘蛛の巣が、いくつも垂れ下がり、ホコリが、廊下の壁も、床も真っ白に積もっていた。
「…あっ!きゃっ!」
ホコリの、山に足元をすくわれて、ドサッと尻餅をつく。下履きのつま先に引っかかったのは、ホコリを被ったペンケースだった。年月の経過を表すように、だいぶくたびれて見えた。
「もお…」
わたしはやるせない気持ちを、何処にぶつけたらいいか分からず、これはみんなひかるが悪いのだと、難癖をつけてしまう。
ーーその時、コツッと足音らしきものが聴こえてきた。
なに?
誰の足音?
まさか、ひかるが後を追いかけているのでは?と、背筋に震えが走った。
 瞬間、わたしはすぐ近くの教室に飛び込み、どこか隠れる場所はないか、視線を走らせる。自分の身体を両腕で掻き抱き、平静さを取り戻すと、ハッと隠れ場所を見つけた。
「ふわり、出ておいで〜。こんなホコリまみれの校舎、身体に毒だよ〜」
 言っている内容はマトモなのだが、どこか愉しんでいるふしがある。
「先生呼んだほうがいいかな、授業サボって旧校舎でかくれんぼ、しているって」
ひかるは頭の後ろで腕を組み、スタスタ迷うことなく、わたしの隠れ場所に確実に近づいている。
「ふ〜わ〜り〜」
「ふわふわふわ〜り〜」
 まるで、鬼ごっこをしているように、愉快に笑うひかる。

ガラガラガラ*****

2年2組のプレートが、壁に押し込まれた部屋に入ると、ひかるはピタッと足を止める。
「はぁ〜こりゃまた随分ホコリまみれの部屋を選んだね」
ひかるの声に、わたしの手のひらがじっとりと汗ばむ。
わたしは無言を通して、口元を抑えた。
「あのさ〜ふわりのこと、可愛いって思ったのはマジだったんだよね。女に褒められて…気持ち悪かった?だったら謝るけどさ…もし冗談にとられたら…笑えないよ」
ひかるは、教室の清掃道具の扉を開ける。
「…こんな汚いトコに居るわけ無いか」
と、ひとちパタンと扉を閉める。
それから、生徒の座席を屈んでは確かめ、収穫なしと思うと、ハァとため息をつく。
 教壇の、教卓の下にも居ない。ひかるは、チッと軽い舌打ちをして、教卓の上にスラっと華麗に飛び乗る。そして、足をプラプラさせながら、
「…一目惚れ、だったんだよね。あたしさ、絵を描くために、色んな国を旅しているから、いちいちその国の風習とか、恋愛感覚とか覚えられなくて…でも…」
強い日射しが差し込む大きな窓を見つめ、
「男だとか、女だとか関係なく、対人間として本能のままに恋してた」
 凛とした口調にキシっと音がする。
「あたしは…ふわりを1人間として愛してる」
それから暫く無言になった。
「はーっ。まあそういうことだから、少しでもあたしの気持ちを汲み取ってくれたら、嬉しいんだけど…。やっぱ日本では難しいのかな?」
ホコリの教室は一瞬しんと、静まり返り、やがて、ひかるがポツリと呟く。
「じゃあ、次の授業までに適当に時間潰すわ。…それと、あんまりホコリまみれの、遮光カーテンに隠れていても、汚れるだけだよ」
ひかるが、面白そうに苦笑すると、スルスル〜っと窓の端に寄せられたカーテンから、わたしはひとみに涙を浮かべて、なんだか今にも気絶するのではないかという、この良く分からない想いが、爆発しないように、胸元を両手で抑え、ひかるの前に、やや俯きながら立つ。
「おはよう、ホコリの国のお姫様」
ニヤリと笑みを浮かべて、ひかるがあたしの頭を撫でる。
「最初から気づいていたの?わたしがここに隠れているって?」
「まあね。外から、ふわりが一生懸命カーテンの中に収まろうとしている姿が見えたからね…ちょっとマヌケに見えて笑った」
 そう言って思い出し笑いをするひかるに向けて、厳しい表情をするわたしは、よっ、と教卓から飛び降り、グーッと伸びをするひかるのそばに、少しずつ少しずつ、近寄り、その首にピタッと両手を回し、
「…わたしも、ひかるが好き。大好き」
 まるで、小鳥のさえずりのように、ひかるの耳元にささやいた。




ご拝読有難うございました。

文     ふありの書斎

イラスト  月猫ゆめや様


※この作品はnoteのクリエーター同士のコラボ作品となっています。
発案&文章をふありが担当し、絵師の月猫ゆめや様が、イラストを描いて下さいました。

月猫様、わたしの無理難題なリクエストに親切に応じて下さり、感謝の念に耐えません
。本当に有難うございました。
また、再びコラボ作品が実現するのを心より願っています。お世話になりました。

そして、読者の皆さま。
この作品はジャンル分けすると、百合に値します。主人公のふわり…彼女の名前とわたしの名前は一字違いで、混乱された方も居るのでは?と思い、敢えてここで注意書きします。この作品の主人公ふわりは、わたしではありません。わたしの想像上のキャラクターです。語弊を招いたらごめんなさい。


それでは、次の作品で、お会いしましょう。


ふありの書斎


 

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