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続∶バラの指輪

 午後の休憩時間に、カフェ・テラスでお昼を食べていたら、奏多かなたくんが、息を切らして現れた。
「走ってきたの?」
私が、何気なく訊くと、彼は端整な顔を紅潮させて、
寧々ねねさんに会いたくて…来てしまいました」
奏多くんは、照れ隠しも兼ねて、風でボサボサになった黒髪を整えつつ、
「前、座って良いですか?」
と、確認するので、私は頷いた。
「…午前中に伺ったときも思ったんだけど、寧々さん…なにかうれいを感じる瞳をしていたから…あの…違ったらごめんなさいっ」
奏多くんは、真剣な顔をして真っ直ぐ私の目を見て言った。
「うん…そうだね…。悩み、ある…かも」
すこし元気無く吐露すると、奏多くんは、身を乗り出した。
「僕でよかったら教えて下さい。力になれるか解らないけど…話すだけで楽になることってあるでしょう」
奏多くんの言葉を聞きながら、私は不覚にも瞳にじんわり熱い涙が滲んだ。
「…アパレルの仕事って、お客様を褒める仕事でもあるのよね。とにかく、似合うと褒めて褒めて…」
「そうですね。僕も服選びをしていると、『お似合いですよ〜』て、必ず言われます」
「最初、は…CARNAカルナに入社したときはお客様を褒めるのに抵抗感は無かったけど、本当は向こうのアンサンブルがお似合いになるなぁ〜と思っても、お客様は主観的にお気に入りのワンピースをお求めになっているみたいで…」
「自分の感情を殺して、売上のために似合わない服を、敢えて似合うと表現されたのですね」
奏多くんが、まるで私の心を見透かすかのような言葉を発するので、私はびっくりして…うんと、頷いた。思っていたよりも凄く理知的な思考に、人は見かけではその人の器量を計れないなと思った。
「…だからね、心が疲れちゃった。自分を偽って生きることに」
食べ終えた手作りのお弁当の空箱をナプキンで包み、すぐ近くで買った安いカフェ・ラテをすする。
「あまーーっ」
私が顔を歪めると、奏多くんはあははと、声を立てて笑う。元の端正な顔が崩れて、普段より幼く見える。なんだか新鮮だ。
「奏多くんは、大学出てきちゃっていいの?まだ、午後の講義とかあるんじゃない?」
すると、奏多くんは、んーと顔を上に向かせて、
「僕、実はもう内定決まっちゃっているんです。だから、講義と言われても興味あるものしか出ないし、特別サークルにも所属してないし。暇人間なのかな」
あ。だから今朝、デパートが開店して間もない時間に、CARNAに来れたんだ。
「ね、奏多くん。こんな事訊くのは野暮かもしれないけど、なんでCARNAに来たの?偏見かもしれないけど、あの階は女性服のフロアだから…」
私はやや上目遣いに奏多くんに尋ねる。すると奏多くんは、
「あの…ちょっと僕も飲み物買ってきて良いですか?」
そう言って、席を立つとカフェ・テラスから小走りに私の視野から消えた。
「…変なの。奏多くん」
ひとりちると、両腕を上げてグーッと伸びをする。
*****
「お待たせしました、寧々さん」
頭の上から奏多くんの声が降ってきて、私はビクンと目覚める。奏多くんは、椅子に腰を下ろし、えーと、と呟く。
「…僕…妹がいるんです。もうすぐ、誕生日を迎えるのですが、妹が、今年は服が欲しいとねだってきて、しかも、服のブランドまで指定してきて…妹の御用達店がCARNAで、しかも、とびきり可愛い店員さんが居て、と。…はい。あなたのことです。それで、今日思い切って訪ねたんです」
「そうだったんだ。妹思いの優しいお兄さんなんだね」
私はクスクス笑うと、奏多くんは、顔面真っ赤にしてから、からかわないでくださいと、横を向く。
その横顔も凛としていて、私はつい見惚れてしまう。
「あの…ずっと思っていたんですけど、寧々さんのその指輪、なにか仕掛けがあるのですか?お店で会った時からずっとキラキラ輝いて…とてもキレイだなぁって」
「あ…これね。信じられないかもしれないけど、バラの指輪の守護天使からの贈り物。運命の相手の前だけ光る特別な指輪なの」
自分でも気恥ずかしい事を言っているのは理解出来る。
「じゃあ、今輝いているのは…その…僕が運命の…」
言葉を言い切らないうちに、奏多くんは、両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまった。
「か〜なたくん?」
私は、小さな子供をあやすように声を和らげて、名前を呼ぶと、
「こ…子供扱い…は…やめてください」
真っ赤っ赤の顔をさらして、椅子の背を引き、座り込むとそこでまた顔を覆ってしまう。
「寧々さん、ズルいです。そんな高価な指輪を見せつけられたら、僕が贈れる指輪なんて、チープにしか見れません」
奏多くんの言葉の意図が解らず、私は、あまーーいカフェ・ラテをちびちび飲み、
「ああ、大丈夫。私、アクセサリーとかあまり興味ないから。プレゼントなんて気にしないで…欲しいものは自分で買うから」
すると、奏多くんは、そうじゃなくてと、呟くと、
「僕にしか贈れない指輪があるじゃないですかっ!」
私は奏多くんの、グッと奥歯を噛んだ表情を、真正面から見つめ、ハッと瞳を見開く。
「…それって」
「僕と、結婚を前提に恋人になってくださいっ!」
その時、屋内だというのに頬に風を感じた。その風にはバラの香りが宿っていた。
ふと、バラの指輪の守護天使の、

『おめでとうございます。寧々さん』

という、声が聴こえた気がした……



ご拝読有難うございました。


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