【小説】理髪店にて

女:こんにちは。
  あれ、ご主人は?
男:なんか家の中入って行ったよ。
女:あらそう。
  中村さんの髪切ってる途中で行っちゃったの?
男:そうなんだよ。早く切ってもらいたいんだけどよ。
  ところで、貴子さんは何の用だい?
女:町内会費の回収よ。
男:おお、そうか。
  大変だねー。
女:そうでもないわ。いい運動よ。
男:それにしても遅いな。
女:いつからご主人いないの?
男:かれこれ10分くらいかな。
女:あら、そう。
  じゃあ、私もここで待たせてもらおうかな。
男:貴子さんとこの酒屋はどうだい?
女:ぼちぼちってところね。
男:ぼちぼちって言えるってことは、景気のいい証拠だな。
女:そうでもないけど、まあまあね。
  でも、若いお客さんは少なくなったわね。
男:あー、最近の若い奴は酒飲まないらしいね。
  この前、テレビで言ってた。
女:お酒以外にも楽しいことがいっぱいあるんでしょうね。
  私らの頃はお酒くらいしか楽しいことがなかったから。
男:ああ、違いないな。
  それにしても若い奴は酒飲まずに何してるんだろな。
女:ほら、みんな、ちっちゃい機械持ってピコピコ遊んでるでしょ。
男:あ、これかい?
女:あら、中村さんも持ってるの!
男:貴子さん、今じゃみんな持ってるよ。
  スマホっていうんだよ。
女:中村さんも若者じゃない!
男:いやいや、貴子さん。今、じーさん、ばーさんも持ってるんだよ。
女:あら。じゃあ、私がひいばーさんみたなもんね。
男:そういうことだな。
  でもよ、この機械持っててもよ、そんなに楽しかないけどねえ。
女:中村さん、わたしのこと、ひいばーさんにしておいて、
  中村さんも使いこなせてないんじゃない?
男:そんなことないよ。俺もゲームとかするよ。
女:すごいじゃない!
男:でもよ、こうやって貴子さんとかよ、
  昔からの付き合いの人と会うのが一番楽しいよ。
  若い奴はまだそれが分からねえんだろうな。
女:嬉しいこと言ってくれるじゃない。
  じゃあ、若い人らももう少ししたら、分かってくるのかねえ。
男:どうだろうな。人付き合いする前に、
  機械と付き合っちゃってるからなあ。
  人付き合いやると、酒もおいしくなるんだけどな。
女:そうねえ。
  それにしても、ご主人、本当に遅いねえ。
男:まあ、いいさ。気長に待とうや。

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