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112. 遠回りがよろし

デートがお開きになる頃には
街には夜の帳がおりはじめていて
カラフルなイルミネーションが
あちこちで輝いていた。

ふたりは、違う方向の違う電車に乗る。
途中まで一緒だけど、
いつものその駅に着いたら
離れ離れにならなければいけない。

そんなことを考えたら、
私は寂しくなっていた。
表情が曇る。
彼はすぐに気がついて、
提案してくれた。

一緒にグリーン車、乗ってく?

私はにんまりと笑って
うん!と答えた。

遠回りして帰ろうと思った。
少しでも一緒にいたかった。


車で送ってあげようか?
彼が提案してくれた。

うん!と答えた。
嬉しいサプライズ。
少しでも彼と一緒にいられるんだ、と
思ったら、心が弾んだ。

わくわく、ワクワク、WAKWAK。
もう、新年早々、彼の優しさに心打たれた。

30分たらずだが、在来線のグリーン車は
小旅行みたいで楽しかった。
隣に座っている彼は、ウトウトしてる。
おこさないように、静かに車窓から
通り過ぎていく都会の煌めきを見ていた。

たまに彼を見る。
あ、寝てる寝てる。
日頃の疲れ、ストレス、
解消できますように、と願った。



うちでコーヒー飲んでいく?
うん!

お風呂はいってく?
うん!

少し寝ていく?
うん!


嬉しいふたりの時間。
うん、と言う彼が可愛くて愛おしい。

一瞬であの頃のふたりに戻る。
2023年のふたりは多少遠回りしたけど、
また元の位置に戻れたような気がする。
というか、それよりも、
深みのある関係へ。

約1年、
彼を待ってて良かった、と思った。


翌日も一緒にいられた。
朝ごはん、昼ごはん、大したものは作れないけど、有り合わせのもので食事を用意した。
昔の流行った映画をなんとなくダラダラとふたりで見ていた。なんでもない時間、大好きな時間。

そろそろ彼が帰る時間だ。
辛くて心臓が雑巾のように絞られた。

駅まで車で乗せていって!
私はそう彼にお願いした。
昨日駅前に停めた私の自転車を
ピックアップするためだった。

どこに停めているの?
どのあたりで降りる?
そう聞かれて、適当なところで降ろして、
と言ってみたけど、適当な場所がなかった。

もう一周。
またぐるりと遠回りして駅前に出る。
信号で停まった。
ここで降りてもいいんじゃない?
彼はそう言ったけど、
あと少しだけ…と降りるのを拒んでみた。

じゃあ、遠くなるけど
あの駅まで行って、電車で帰る?
彼はそう提案してくれた。

私は飛び跳ねるようにうん!と答えた。
車の中なのに、
天井に頭を打ち付けそうな気持ちになった。

あの駅まで行くというのは、
彼の自宅方面の駅。
昨日の振り出しに戻るような形となる。
そこから電車で帰る。
それは、嬉しい嬉しい遠回り。
いま、ここで車を降りれば
数分で自宅に戻れる。
でも、彼とはここで別れなければならない。

いつもの駅まで乗せていってもらえば、
あと少し、彼と一緒にいられる。


遠回りの遠回り。

ふたりで笑った。
昨日離れ離れになる予定だったのに、
離れられないふたり。

遠回りして、遠回りして、360度戻って、
でも、ふたり、嬉しい遠回り。


付き合い始めた時も遠回り、何度もしたね。
懐かしいな。

ふたりにしかわからない、嬉しい遠回り。
またしようね。楽しかった。

彼といつまでも一緒にいたいと思った。
一緒に暮らしたいと思った。
素直に伝えた。
光栄です、と返事が返ってきた。
ちょっぴり塩味もするけど
甘い香りも漂う。
そんなふたり。

遠回りもよろし。

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