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God's own country - 魂が息を吹きかえす時

素晴らしい映画でした。
私の個人的な覚書、つぶやきです。
2回観ただけなので、思い違いをしている個所があったらごめんなさい。
ネタバレ満載
未見の方は、どうぞご注意ください。

【かんたんな粗筋】
ヨークシャーで牧場を営むサクスビー家
息子ジョニーは体が不自由な父に代わり、牧場を一手に任されているが、きつい労働と田舎暮しの閉塞感を、痛飲と行きずりのセックスでまぎらわす、ギリギリの状態。
そこへ季節労働者のルーマニア人、ゲオルゲが1週間働きにくる。
羊の出産を見守る丘の上の野営生活のなかで、次第にふたりは結ばれていく。
しかし、恋の高揚のさなか、父が倒れ、牧場の運営はさらに重くジョニーにのしかかる。
現実を受け止めきれないジョニーは、また酒とセックスに逃避してしまい、ゲオルゲは怒って出ていってしまうが…

登場人物(ジョニー)

子供を育てている立場からすると、とんでもない野郎だな、と(笑)
初見では思いましたが、二度目からは彼のバックグラウンドを考えながら、違った目で見ることができました。

幼い頃にお母さんに置いて行かれてしまったジョニー。
10代の頃の友人は都会の大学に行ってしまって、ここでも置き去りに。

牧場では休みもなく、朝から晩までひたすらきつい労働が課せられていて
体の不自由な父親は厳しく、自分を認めてくれるわけではないし
祖母はまともな人間で世話になっているが、口うるさい。

少年時代は、寂しかったでしょうね。
荒涼とした自然の中、生まれたり死んでいったりする家畜達を眺めながら、育ってきたのでしょう。
心を温める要素はあったのだろうか?
だれかと、感情的な絆を育む経験もなく、大人になってしまった。
だから、性的な衝動も、乱暴に発散させるしかなく、恋愛の経験も恐らくない。
もしかしたら、キスもしたことないかもしれない。
(むしろ、キスなんかしてられるか、という感じですね)

労働して飲んで吐いて、乱暴にセックスするルーチンでは、遅かれ早かれ限界がくることは確実なルートです。

登場人物(ゲオルゲ)

ルーマニアからの移民であり、季節労働者のゲオルゲ。
彼はなぜこんなに忍耐強く、愛情深く、寛容なのでしょうか。
彼の生い立ちを知りたいと思う。
おかれた環境の中で、自分なりの心づかいを発揮して、すこしでも居心地よくする術を知ってる人。
もちろん、逞しく、頼もしい働き手でもあります。
羊や家畜への接し方が、とにかく優しい。
英語も堪能で、本当はそれなりに教養もあるのだと思うけど、移民として嫌がらせを受けることも。
多くのことを静かに堪えながら、仕事を転々としているようです。
細かいところですが、ジョニーのことを彼だけがきちんと「ジョン」と呼ぶのが好きです(笑)。

ふたりの関係性、羊との関係性

ジョニーはたぶん、最初からゲオルゲにザワッと来ていたはずですが、ゲオルゲが彼に惹かれる余地は、当初はなかったような気がします(無茶苦茶すぎて)。

でも、丘の上で過ごして数日後、ジョニーが彼と性行為をしようとして、乱暴に掴みかかってきたときに、彼は拒みませんでした。
2人きりの小屋の中で、息を殺すように過ごして、性的なストレスも限界、みたいな感じなのかな。。。

その後はしばらく何も起きず、数日様子を伺った後、
「変態だな」「ホモ野郎」とゲオルゲが言います。
大した合意もなく、泥まみれになって、強引にことに及んだあげく、その後はまたダンマリなジョニーに対する言葉。
きつめのワードじゃないかなと思うのですが、彼の口調は穏やかで、その言葉でジョニーをある意味許容したことがわかります。
結局は、その行為をきっかけとして、ふたりの距離は少しずつ縮まっていくことになった。
数日をかけたそのプロセスの描き方が、とても丁寧です。

その後は、ジョニーがどんどん恋におちていくのが、見ていてよくわかり、微笑ましい。
優しく触れ合い、はじめて口づけをして、まるごと抱き合って受け入れられる体験は、母親においていかれた後で、初めてのものだったに違いありません。

死産かと思われた子羊を、ゲオルゲが蘇生させる印象深いシーンがありましたが、ジョニーもまた、すべてにおいて限界まで窒息していたところを、ゲオルゲに優しく揺さぶられて息を吹きかえしたのです。

子羊の無垢さとは対極にあるようなジョニー。
けれども、彼もゲオルゲによって、奥深くにあるなにかを、呼び覚まされたのでしょう。

その目覚めた目で見れば、荒涼とした大地は美しく、壮大であり、自分はこんなところにいたのか、と初めて気付かされる。
そんな気づきをもたらしてくれたゲオルゲへの思いを、彼はもちろん成熟した言葉では表現できない。けれど、どうやら今までの誰ともちがう、という「感じ」は確実に受けている。

そして、抑えきれないような、はしゃぐような気持ちが、表情からも映像からも溢れ出していきます。

一刻もはやくふたりきりになりたくて、リビングから祖母を追い出すジョニー。
そのままいちゃつきたかったのに、優しく拒まれて、トレイラーに移動することになり、わかりやすく拗ねている彼を、ゲオルゲがそっと甘やかしてやって、次第に笑顔になっていく様子が愛おしいです。
良くも悪くも素直な子なんですね〜。

ゲオルゲがどの段階で「恋におちた」のかは、彼があまりにも献身的な人物なので、最初、ちょっとわかりにくい気がしたけれど、freak、fagottのくだりの辺りで、ジョニーのことを受け入れたような気がします。
丘から降りてきた後のジョニーへの視線は、柔らかく愛情深く変化しています。

でも、彼はジョニーが仕事や人生に責任をもてない限りは、ずっと一緒にいることはできないと知っているし、後にはそう告げます。
だから本気ではないということではなく、ただ現実を理解しているんですね。

事件が起き、自分と向き合う

父親が発作で倒れたあと、牧場の命運は更にジョニーにのしかかります。
父を失う不安と重責に、怯えるジョニー。
ゲオルゲに傍にいてほしいし、彼さえいれば何とかなるような気になっていますが、その彼にも現実を見るように言われる(当然のことなんですけどね…)。

そして、いつもの痛飲と、相手を選ばないセックスへの逃避。
魔が差したというのか
だが、今度こそ、ジョニーはそのために大切なものを失ってしまったことを、痛感するのです。

ゲオルゲが出ていってしまった。
その空白に、彼の存在の大きさと、与えてくれていたものを、初めて実感するジョニー…。

少し前に、もうひとつ印象深い子羊のシーンがありました。
ゲオルゲが、死産した子羊の皮をはいで、先に蘇生させた子羊に、ベストのように着せてやるのです。
これは、ジョニーがゲオルゲが置いていったセーターを素肌にかぶるシーンとリンクしていますね。

温かい皮をかぶせてもらった子羊は、初めて自分からよちよちと歩いていき、母親の乳を飲むことができた。
ゲオルゲのセーターに包まれたジョニーにもまた、自立(自律)に向けて、変化が起きはじめるのです。

人が変わったように、働き始めるジョニー。
父親の介護をし、(明らかに向いていなさそうな)経理の仕事をする彼に、祖母も無理をしないように言います。
「俺は耐えられる」
「父さんみたいに?」

ジョニーは、牧場の仕事に耐えられる、というつもりだったのでしょう。
でも、祖母は、愛した人が去った後の孤独には?と伝えたように感じました。
それは、きっとジョニーの心を抉ったことでしょう。

父と祖母に背中を押され、自分の心と向き合うジョニーの表情は、冒頭と全く違っています。
変わりたい。
ゲオルゲを取り戻したい。
一緒にいたら、変わっていける気がする。
一緒にいたい。
悪い結末は考えたくない。
会いさえすれば、何か変わるかもしれない。
そんな感じでしょうか。
まだよちよちだけれど、ジョニーの精一杯が感じられます。

遠くスコットランドまで、彼はゲオルゲに会いに行きました。
まだ怒っている様子のゲオルゲ。
静かに、でも取り付く島もない反応しかかえってきません。
ジョニーからも、愛してる、や、ごめん、という言葉は出てきません。

もう駄目なのかな、と思ったとき、ジョニーが殻を破って、精一杯の気持ちを伝えます。
「変わろうと努力してるんだ」
「お前と一緒にいたい。」

ここは、言葉以上に視線や表情で、雄弁な気持ちを伝えてくる、本当に素晴らしいシーンでした。
ゲオルゲはいつかのように、freak、fagott、という言葉で、静かにジョニーを罵倒します。
ジョニーはその言葉で、許されたことを察するのです。
口づけされ、抱き合った彼の表情は、安堵に満ちていて、涙が一筋流れていきます。

希望を感じさせるラストシーンへ

ヨークシャーの風景。きれい!

ラストシーン、二人はサクスビー家に帰ってドアを閉めました。
この後、ふたりはどうなるのでしょう?
希望的観測という名の妄想をあげれば(笑)

息子、孫がゲイであり、恋人とともに帰ってくることを受け入れるのは、少なからず衝撃であるはずですが、父と祖母は受け入れるでしょう。
なんといっても、ゲオルゲは素晴らしい働き手だし、ジョニーによい影響を与えてくれるし、ジョニーは変わっていったから。
家族は結局は子が幸せであることを望むものだからです。
それに、牧場もサクスビー家も、これ以上は落ち込めない、選択の余地がないところにあったわけですから…。

親父のやり方じゃない、自分のやり方で牧場をやっていく、と言っていたジョニーですが、そのひとつとして、多分羊のチーズがあるでしょう。
製造方法はゲオルゲが教えてくれます。

この先、夏の青草が香るヨークシャーの丘で、頼もしく愛しい人を隣に、彼らは昔ながらの、またある部分は新しいやり方で、労働を続けていくのでしょう。

いつも賢明に、時に苦々しく、静かに運命に耐えていたようなゲオルゲにも、新しい人生が始まるのでしょう。

人が愛に触れて、変化していく様子
人と自然の厳しく無骨な美しさ
無垢な子羊たち
厳しさの底には子供を思う気持ちのある家族
この「神の恵みの地」で、まさに神の恵みのように、若者の人生が救われ、開けていく
本当に素晴らしい映画、美しいラブ・ストーリーでした。
台詞もBGMもとても少ないかわりに、映像や役者さんの表情、眼差しが、地の文みたいにすごく多くのことを伝えてくれます。

本当によかったから、多くの方に観てほしい。

ふたりとサクスビー家に幸あれ!


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