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源典侍登場 なるべく挿絵付き『紅葉賀』⑬91
・ 堅物という源氏の評判
帝はだいぶ御齢を召されましたが、そちらの方面にはお飽きになることはなく、采女、女蔵人などにさえ、容貌の優れた者や風流を解する者をお好みでしたから、宮中には、下は女儒に至るまで、才色を兼ね備えた女官の多い頃でした。
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源氏がちょっと粉でもかければ冷たくあしらえる女などいるわけもないのに、美しい女ばかり見慣れてしまっているせいなのか、源氏が宮中の誰それに言い寄った話など誰も聞いたことがありません。
「確かに、あんなにお美しい方なのに、色恋沙汰のお噂を伺ったことはないわね」と、女官たちは不思議がります。
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女官の誰かが試しに戯れかかってみても、礼儀に外れてはいない程度の返事はするものの、恋に本気になったりはしないようです。
「真面目ぶってつまらない方」と思う者もいます。
・ 源典侍
ひどく歳取った典侍がいます。
家柄もよく、教養もあり、才知に富んで、評判の高い人なのですが、大変に多情で、そちら方面には全く重々しさのない人です。
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源氏は、「こんなに歳をとってもどうしてこうふらふらと腰が定まらないのだろう」と不思議に思います。
そんな興味で戯れ言を仕掛けてみると、向こうでは自分がこの高貴な若者に不釣り合いだなどとはまるで思わない様子です。
びっくりしながらも、物珍しさからそのまま少し言葉を交わします。
でも、こんな歳とった人と噂になってはかなわないと、源氏は、その後はそっけなく振舞っています。
女にしてみれば辛いことです。
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📌 采女、女蔵人
・ 采女
平安時代初頭までの官職。
飛鳥時代から地方豪族が見目好い娘を献上。天皇の配膳の世話と妻妾としての役割→ 後宮の下級職員→ 延喜式以降は中央貴族の子女から。
・ 女蔵人 六位から五位
内侍・命婦の下で雑用を務める下級女房。
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📌 源典侍の年齢
『紅葉賀の巻』
もう少し後、頭中将に悪戯で襲われる場面の描写に年齢のことが書いてあります。
19歳の源氏の人生と交差するこの時、源典侍は57,8歳と言います。
(📖 好ましう若やぎてもてなしたるうはべこそ、さてもありけれ、五十七、八の人の、うちとけて もの言ひ騒げるけはひ)
『朝顔の巻』
13年後、女五宮の見舞いと称して出掛けた朝顔宮の邸で、出家した源典侍と御簾越しに再会します。
源氏は、老人めいた咳をしながら御簾の向こう側に近付いて来て名乗る人に無常を感じてしんみりしてしまうのですが、
典侍はそれを、自分との再会にときめいてのことと思ってはしゃぎます。
70歳を過ぎても、源内侍、元気です!
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📌 源典侍の出自
『紅葉賀の巻』で、やむごとなくと言われ、典侍とだけ言われていたのが、『朝顔の巻』で、源典侍といひし人と言われて、源氏の出身だったとわかります。
典侍なのですから、そもそも出自賤しからざるのは前提でしょうが。
出家された女五宮の弟子格として、朝顔宮邸に同居しているようです。
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📌 内侍司
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源氏物語には、右大臣家の六女 朧月夜 と 頭中将の実子にして源氏の養女である玉鬘 が 尚侍 として登場します。
朧月夜は、女御として入内する予定が、源氏に疵物にされた為に後宮を兼ねた高級女官になったということなのでしょう。
歴史上の藤原薬子は平城天皇の尚侍だったようです。
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📌 源典侍のモデル
式部さんの夫宣孝の兄の妻が実際に源典侍で、モデルだという説があるそうです。
道長の側室明子とは別人です。
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頭中将の実子でありながら玉鬘と月とスッポンに散々に描かれる近江の君は、同じく式部さんの夫宣孝の愛人がモデルだという説があるそうです。
式部さんイジワル?😲💦
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高齢になっても恋をやめず、多分空気を読まずに自己肯定感の強い源典侍はグロテスクとか笑い者とかに扱われがちですが。
ゴシップに聞く大女優と男性アイドルの噂などを思い浮かべたりもします。
けしからんから、羨ましいから、よくやるわから、軽蔑するから、いっちょかみしてみたいから、見る人の温度によって受け取り方にもグラデーションがあるのではないかとも思います。
学者肌の式部さんは、身内にいらしたこともあれば余計に、どちらかと言えば批判的なのかなと何となく思いはします。
眞斗通つぐ美
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