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42 なんちゃって図像学 若紫の巻(1)①北山の聖



・ 源氏の病

18歳の春です。
源氏は瘧病(わらわやみ)に苦しんでいます。
呪術加持祈祷の効果もなく、春だというのに、この病気に特有の発作を繰り返しています。

「北山の寺に優れた修験僧がおります」「去年の夏にこの病が流行りました時に、まじないも効かず困っている者をたちどころに快癒させた例が沢山あったそうです」「病はこじらせてしまうと面倒ですから早くお試しなさいませ」などと言う者がいます。

早速その僧を招こうとしたのですが、「老いぼれまして岩屋から出ることもままなりませぬ」という謝絶の返事がありました。
それではこちらから出向くしかあるまいと、源氏は大ごとにしないように私事として、身をやつした微行で北山に出掛けることを決めました。
明けやらぬうちに、気を許している家司4,5人ばかりを連れて出かけます。

御供に むつましき四 五人ばかりして まだ暁におはす

・ 北山への微行

北山は山深い所です。
3月の末(今の暦なら5月下旬)ですから、都の桜は皆散ってしまいましたが山の桜はまだ盛りです。
📖 里はみな 散り果てにしを 足引の 山の桜は まだ盛りなりけり
  (凡河内躬恒)

山路を行くほどに春霞に包まれて、辺りの景色は趣を増していきます。
身分柄自由が利かず、こんな山歩きをしたことのなかった源氏は、初めて見る春の深山の美しさに胸を打たれています。

≪寝覚物語絵巻 より≫
≪吉野図屏風 二曲一双 狩野常信≫
≪吉野山図屏風 六曲一双 渡辺始興≫
≪小雨ふる吉野 六曲一双 菊池芳文≫

1 北山の聖

そんな道行を経てたどり着く寺の佇まいはまた一段と風雅でさえありました。

案内を乞うて訪ねる聖は、寺にほど近く更に高い峰の深い岩窟に静かに座っていました。
質素な身拵えで身分を隠して登ったのですが、聖は、源氏のありありと隠しきれない気品から看破して、
「おお、これは、何ともったいない」「先日お召しになられた方でございましょう」「私はもはや現世のことを考えなくなりまして修験の道も忘れてしまいましたのに」「わざわざお越しになられるとは」
と驚きながらにこにこと源氏を見ます。
高徳の尊者です。

≪立派な源氏物語図 北山の聖≫


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🌷🌷🌷『北山の聖』の場の 目印 の 札 を並べてみた ▼

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源氏の為に護符を作って飲ませ加持祈祷などするうちに日が高くなりました。

聖の元を辞してほっと一息ついて辺りを見回すと、高い山の上ですから、あちらこちらの僧坊が見下ろされます。

・ つづら折の下の家

ざっくりと小柴垣で囲ったいかにも鄙びた僧坊が多い中、ちょうど、登ってきた つづら折の道 の下辺りに、

つづら折の下に 同じ小柴なれど うるはしくし渡して 清げなる屋廊など続けて 木立いとよしあるは

小柴垣 を格別にきちんとめぐらして、建物や渡廊も庭のつくりも小ざっぱりして目を惹く家がありました。

「あそこは誰が住んでいるのか」と源氏が問うと、供の者が「なにがしの僧都がもう二年も籠っておられるお住まいだそうでございます」と答えます。
源氏は「立派な人が住んでいるんだね」「来ているのを知られて、こんな格好を見られては困るな」と言います。

・ 供の者たちの興味

その家からはきれいな女童たちが沢山出てきて 閼伽棚 に水を供えたり花を折ったりしているのがよく見えます。

清げなる童など あまた出で来て 閼伽たてまつり 花折りなどするも あらはに見ゆ

「女がおりますね」「僧都がまさかこんな所に隠し女を囲っておかれることもございませんでしょうが」「何者でございましょう」
など、供人たちが口々に言います。
覗きに降りて行った者もいて、「きれいな女や子供たち、若い女房や女童などが見えました」と報告します。

をかしげなる女子ども 若き人 童女なむ 見ゆると言ふ

・ 山上からの見晴らし

源氏は、読誦礼拝して謹んでいますが、日が高くなるとまた例の発作が起きるのではないかと不安がっています。
「気を紛らわして、御病気のことはあまりお考えにならない方がようございましょう」と供の者が言うので、皆でもう少し登って 後方の山 の頂上から、都の方を見ました。

はるかに霞みわたりて 四方の梢 そこはかとなう 煙りわたれるほど
はるかに霞みわたりて 四方の梢 そこはかとなう煙りわたれるほど 絵にいとよくも似たるかな かかる所に住む人 心に思ひ残すことは あらじかし


📌 北山になむ、なにがし寺といふ所に

源氏に尊者の療治を勧める者が言う北山のなにがし寺がどこかについては定説がない中で、有力な一宇が鞍馬寺だそうです。
鞍馬山のガイドマップには、正にこの場面を思わせる深山の伽藍、つづら折の参道、みはるかす遠景などが美しく描かれています。
本殿の前は広々と開けていて、尊者の前の緊張から解放された源氏がここに立って、ほっと越し方を見下ろしている姿が目に浮かぶようです。

https://blog.goo.ne.jp/ktetsu1674/e/d1da82fb181c0aab3e0b044c35d8d17b様より、入山時にいただくマップを転載させていただきました。

📌 小柴垣

小柴垣とは、柴を編んで作った丈の低い手軽な垣根だそうです。

≪立派な源氏物語図から 若紫を小柴垣から覗き見する源氏≫

📌 閼伽棚

閼伽棚とは、縁側に沿って作られた御仏前に水をお供える棚のことだそうです。
(閼伽とは、wikipediaにはサンスクリット語のargha(アルガ)の音写であると書いてあります。高校の古文で徒然草に閼伽棚が出て来た時に、閼伽とは水を意味するaqua であると教わった気がしていたのですが、後に aqua という言葉を知って上書きしてしまった私の記憶違いなのでしょう)

≪夕顔の亡骸を安置する東山の尼君の板屋≫
(33 なんちゃって図像学 夕顔の巻(7)㉑ 東山にて最後の対面  より再掲)
≪源氏物語絵巻『鈴虫(一)』 閼伽棚に水を供える尼姿の女房≫

📌 後への山に立ち出でて、京の方を見たまふ

googleマップの3D機能で鞍馬寺辺りから都の方を見る

この写真サイズでは不鮮明になってしまってわかりにくいのですが、
googleマップの3D機能で鞍馬寺辺りから都の方を見ようとすると、お寺は山に埋もれているようで、確かに、都の方を見るにはもう少し上まで登る必要がありそうでした。

📌 まとめ

・ 北山の聖
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711210895802855851?s=20

眞斗通つぐ美










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