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32 なるべく挿絵付き 夕顔の巻⑳ ちょっとはしゃいじゃう頭中将


・ 二条院に帰り着く

源氏は魂が抜けたような有様で二条院に帰り着きました。

女房達は「どちらにいらしたのでございます」「お加減がお悪そうでございます」など口々に言いますが、源氏は無言で御帳台に入ります。

人びと いづこより おはしますにか なやましげに 見えさせたまふなど言へど
御帳の内に 入りたまひて 胸をおさへて 思ふに いといみじければ

動悸のおさまらない胸を押さえても押さえても悲しみが押し寄せて来て、
「どうして一緒に乗って行ってやらなかったのだろう」
「息を吹き返して私が側にいなかったら女は何と思うだろう」
「見捨てられたと恨めしく思うだろう」と惑乱の中に思います。

息が詰まって、頭が痛くなり熱も出てきたようで、とても苦しくて、「こうして私も死んでしまうのだろう」と思い乱れます。

心惑ひのなかにも 思ほすに 御胸せきあぐる心地したまふ
御頭も痛く 身も熱き心地して いと苦しく 惑はれたまへば
かくはかなくて 我もいたづらに なりぬるなめり と思す

日が高くなっても起きてこないので女房達は心配して粥などを勧めますが、
源氏は体中が苦しくて気持ちが弱っていて、無気力に横たわっているばかりです。

日高くなれど 起き上がりたまはねば 人びとあやしがりて御粥などそそのかしきこゆれど
苦しくて いと心細く 思さるるに

・ 帝からの御見舞い、左大臣家の見舞い

内裏からの御使いが、昨夜所在がわからなかったことでの帝の御宸憂を伝えます。

内裏より御使あり 昨日 え尋ね出でたてまつらざりしより おぼつかながらせたまふ

左大臣家の息子達も見舞いに詰め掛けています。

大殿の君達 参りたまへど

・ ちょっとはしゃいでいる頭中将

頭中将だけ呼び入れて、「立ったままでね」と言って、御帳台の御簾を隔てて話します。
(※ 座ると死穢に触れてしまう)

「乳母がね」「五月頃から重く患っていたのが、剃髪受戒などしてその霊験か持ち直していたのが、この頃また弱ってきてね」「もう一度見舞ってほしいと言うから、幼い頃から可愛がられた人の今はの際に行ってやらないわけにいかないから出かけたんだよ」
「そうしたら、病んでいたそこの下人が急に亡くなって、運び出すのも間に合わなくて乳母の家が穢れてしまったんだが、憚って日が暮れてから運び出したんだそうだ」
「そんなわけで私も穢れに触れた身となってしまったので、謹まなくてはならず、参内できないのだよ」
「それに今朝からは風邪なのか、頭が痛くて苦しいのだ」
「失礼して申し訳ない」などと言います。

頭中将は、「それではそのように御奏上申しておきますよ」「帝は昨夜も管弦の御遊びの時にあなたをお探しで、御不興であらせられましたよ」と言って、一度出て行くかのような思い入れを見せてから、

ドラマの名刑事のように振り返って、
ねえ!
「本当はどんな穢れにお遭いになったの?」「さっきのは嘘でしょ?」と突いてくるので、

立ち返り
いかなる行き触れに かからせたまふぞや 述べやらせたまふことこそ まことと 思うたまへられね

源氏はドキッとして、「詳しいことはいいから、ただ思いがけない穢れに触れてしまったことだけ申し上げてよ」「気分が悪いんだ」とそっけなく言います。

・ ひたすらに落ち込んでいく源氏

頭中将とふざけているような気分ではないのです。
心の中はどうしようもなく悲しく乱れて、気分もますますすぐれず落ち込んでいくばかりで、人と目を合わせるのも苦痛になりました。

心のうちには 言ふかひなく悲しきことを思すに 御心地も悩ましければ 人に目も見合せたまはず

・ 蔵人弁を呼ぶ

蔵人弁を呼んで、先ほど頭中将に言ったのと同じことを帝に御奏上申し上げるよう頼みます。
左大臣邸の方へもその旨を知らせます。

📌蔵人頭の定員は2名で、
頭弁(とうのべん)… 太政官非参議四位の大弁か中弁から
頭中将(とうのちゅうじょう)… 近衛中将から
だそうです。

源氏は、頭中将と同じ重みをもった、②頭中将じゃない方の①頭弁の蔵人頭にも、同じことの奏上を頼んだわけですね。
頭中将の奏上だけでは、夜の忍び歩きで何かの失態があったという、どこかはしゃいだ揶揄の気分が帝に伝わってしまうという危惧を持ったのでしょうか。

蔵人頭


                          眞斗通つぐ美


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