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70なるべく挿絵付き 末摘花の巻⑧ 後朝のそれぞれの憂愁


・ 翌朝

二条院に帰って横になっても、「理想の恋人に巡り逢うのは難しいものだな」と思いめぐらす源氏です。
理想と違ったところで、故宮の姫君とあっては、一夜の戯れと打ち棄ててはお気の毒です。

なほ 思ふに かなひがたき世にこそ


・ 頭中将の来訪

思い乱れているところに頭中将がやってきました。
「随分な朝寝じゃありませんか」「何かわけがありそうですね」
と、嬉しそうです。

こよなき御朝寝かな ゆゑあらむかしとこそ 思ひたまへらるれ

源氏は起き上がって、
「気楽な独り寝だから気が緩んで寝過ごしてしまいましたよ」「内裏から?」

「ええ、退がってその足で参りました」
朱雀院の行幸の日の楽人や舞人の配役が今日発表されるそうなのです」「昨夜承ったので、父大臣に伝えようと退がって来ただけで、またすぐに御所に戻ります」

急いでいるようなので、「それなら一緒に参内しましょう」と言って、
粥や強飯の朝食を取って、用意させてある車一台は空のまま引かせて、一台に同乗して出掛けます。(仲良し💕)

引き続けたれど 一つにたてまつりて

頭中将は、「まだ大夫 眠そうですね」と冷やかすように探って来ては、「秘密の多い方だ」と恨み言を言います。

なほ いとねぶたげなりと とがめ出でつつ 隠いたまふこと多かりとぞ 恨みきこえたまふ


・ 後朝の憂愁(源氏の)

発表事項の多い日なので、その日は一日中宮中にいました。

多忙を押してまで三日夜通いの務めを果たしたいと思える姫君ではなかったのですが、夕方になってやっと後朝の文だけでもお出ししなくてお気の毒だと思い出します。
御身分柄、放置してよい人ではないのです。

雨が降り出して来て、余計に面倒な気持ちになります。
あの姫君のところでちょっと雨宿りをという気にはなれない源氏でした。

雨降り出でて ところせくもあるに 笠宿りせむと はた 思されずやありけむ

・ 後朝の憂愁(故宮邸の)

逢瀬に満足した男の後朝の文は早いものだそうですから、一日待ちくたびれた末摘花の邸は失望に包まれています。
夕刻の文は、今宵は行けぬという通告でもあります。

命婦も、お気の毒なことになったと心苦しく思っています。
姫君は、昨夜の思いがけない出来事に人知れず羞恥に沈んでいますが、
世間知のない清らかな高貴な方ですから、新婿からの後朝の文が遅いことの非礼などには思い及ばないでいます。

『貴婦人と一角獣』

源氏の文には、
「夕霧の晴れる気配もないうちに、更に気の滅入る宵の雨です 
晴れ間を待つのがじれったいことです」
とあります。
(📖 夕霧の 晴るるけしきも まだ見ぬに いぶせさ そふる 宵の雨かな)

ああ、雨にかこつけて、今夜の御訪問はないのだなと、皆、胸が締め付けられる思いです。
それでも、一縷の望みをかけて、「やはりお返事はお書きなさいませ」と勧めます。

姫君は我を失うほどに思い乱れていて、型通りの文を書くこともできません。
このままでは夜が更けてしまいますから、例によって侍従が代作します。「雲の晴れない夜に月を待つ里人の心を思い遣ってくださいませ。同じ心でながめ(長雨)ておられないとしても」
(📖 晴れぬ夜の 月待つ里を 思ひやれ 同じ心にながめせずとも)」

皆に責められて、筆は姫君が自ら執ります。
古くなって灰の浮いてきた紫の紙に、筆圧強く、上下をきちんと揃えた時代遅れの手跡です。


・ 返信を受け取った源氏

源氏は、魅力のない文に失望して放り出しますが、今夜行かないことを姫君はどうお思いになるだろうと落ち着かない気持ちになります。
「これが後悔ということだろうか」
「しかし愛情の湧いてこないものをどうすることもできない」

『メランコリー』 ムンク


・ 末摘花の生活の面倒をみようと思う

「そうは言っても、一度は契った方なのだから、妻の一人として、生涯お世話しよう」と源氏は思います。
(📖 さりとも 心長く 見果ててむ)

あしながおじさん

末摘花の邸では新婿君のそんな思いを知る由もなく、皆々嘆きに沈んでいます。

『泣く女』 ピカソ
https://omochi-art.com/wp/the-weeping-woman-picasso/ 様より

姫君の愛情生活の頓挫をお気の毒に思うのか、保護者を獲得し損なった主の甲斐性のなさを嘆くのか…。


📌 一緒に参りましょうと、粥や強飯を食べて、頭中将にも出して
(📖 さらばもろともにとて 御粥 強飯 召して 客人にも参りたまひて)
とあります。
平安時代の文学では、上つ方の食事場面はほとんど描かれないそうですから、この場面は珍しいのかもしれません。
食べることが何となく卑しい行為だという共通認識があってのことなら、宴会でもない日常の食事は共にしないのでしょうか。
一緒に食べた、ではなく、食べて、客人にも出して、と書いてあるのは、少し不思議な感じがします。


眞斗通つぐ美


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