61なるべく挿絵付き 若紫の巻⑳ 二条院での生活
・ 二条院に到着する
二条院は近いので、暗いうちに着くことができました。
(📖 二条院は近ければ まだ明うもならぬほどにおはして)
(📌 故大納言邸は、内裏から六条京極辺りの女性を訪問する途中、遠いなと思っている時に惟光にこちらですと教えられます。故大納言邸の位置ははっきりわかりませんが、二条院が近いということは、六条の近くまではまだ行ってなかったのでしょうか。月と時雨の夜、初めて若紫の帳に入り、明けないうちにそこを出て、霧深い朝が興趣深いので大人の恋人と風流な閨事の朝を過ごしたくて、改めてそちらに向かいます。六条京極辺りの女性は六条御息所にしては断り方がエレガントでなかったようにも思います)
西の対に車を寄せて、姫君を軽々と抱き下ろします。
(📌 源氏は東の対を今まで通り居間として、若紫は西の対に住むことになります)
少納言の乳母が、送るだけなのか、引き続き乳母として期待されているのか判断しかねて、「まだ夢の中にいるような気持ちがいたしております」「私はいかがいたしましたらようございましょう」と車を降りるのを躊躇っていると、
源氏は「好きになさい」「姫君はもうお移ししたのだから、あちらに帰りたいなら送らせるよ」と意地悪を言います。
少納言は苦笑して降りざるを得ませんでした。
(📌 📖 「そは 心ななり」「御自ら渡したてまつりつれば 帰りなむとあらば 送りせむかし」とのたまふに 笑ひて下りぬ
………………
源氏に「好きにすれば?」と言われて、少将の乳母は笑って車を降りた、とあります。
この笑いは何なのでしょうか。途方に暮れてつい洩れた日本人的な曖昧な笑いかもしれませんが。
・北山で覗き見た時の描写は「をかしげなる女子ども 若き人 童女なむ見ゆる」、
・それから惟光と懇談、
・京に戻ってからも惟光が訪ねて懇談、
・源氏に「姫と話しておきたい」と言われ、「あの幼い姫様がどんなお返事をなさいますか」と冗談めかして笑う、
北山で見た時には一応洗練された人と言っているようだし、惟光とも多少は距離が近くなっていて、貴族社会の遊戯的なウィットの遣り取りに慣れたそれなりの女房という描写のような気もするので、この「笑ひて」は、「あらあら、まあまあ、はいはい」という程度の許容の表現で、命懸けで娘を守ろうとする肉親の決意とは違うのかなという気もします)
急なことで、少納言の乳母は、心臓がバクバクして止まりません。
「宮様はどうお思いになるだろう」「姫君はどうなっておしまいなのだろう」「お身内の方に先立たれ遺されて、姫君は何とご不憫なのだろう」など思って涙が溢れるのを、新生活の初日に泣いては縁起が悪いと思って、堪えています。
西の対は使っていなかったので何の室礼もありませんので、源氏は惟光を呼んで、帳や屏風など諸々の物をそれぞれ適当な所に置かせます。
几帳の帷子を下ろさせ、御座所も整えさせ、東の対に夜着を取りに行かせるなど色々の用を整えると、姫と一つ床に入って寝みます。
姫君は気味悪くて、何をされるのかと震えていますが、声を立てて泣くこともできずにいます。
「少納言のところで寝るの」と小さな声で言います。
まだ本当に幼いのです。
「あなたはこれからはもう乳母とは別々にお寝みになるのですよ」と源氏が言い聞かせると、悲しがって泣きながら寝入ってしまいました。
少納言の乳母は横になる気もせず、何も考えられずに起きています。
・ 二条院の朝
夜が明けていきます。
見渡すと、御殿の建物や室礼は言うに及ばず、庭の敷砂までも玉を重ねたように輝くようで、少納言の乳母は我が身がみすぼらしく場違いに思えて身の置き所もないような気持ちになります。
西の対には女房もいません。
西の対は今迄あまり親しくない人を迎える客間になっていたので、男達が御簾の外に控えています。
殿様が女君を迎えたと聞いた者達は、「どなたなんだろう」「なまなかの方ではないんだろうな」と囁き合います。
源氏の洗面の水やお粥もこちらに運ばれます。
源氏は、日が高くなってから起きて、少納言の乳母に、「女房がいなくて不便だろうから、夕方になったらあちらから適当な人をお呼びなさい」と言い付け、とりあえず東の対に童女達を呼びにやります。
「小さい子だけ特別に参るように」と言うので、とても可愛らしい格好の子が4人来ました。
姫君は衣にくるまってまだ眠っています。
それを無理に起こして、「ご機嫌直してくださいな」「いい加減な人はこんな風にはしないのですよ、私を信じてくださってよろしいのです」「女は気持ちが柔らかなのがよいのですよ」などと今から熱心に教育を始めます。
離れて見ていた時よりも姫がずっと美しいので、源氏は内心の歓喜を止めることができません。
優しく話しかけたり、姫の興味を惹きそうな絵や遊び道具などを東の対に取りに行かせたりして、姫のご機嫌を取るのに一生懸命です。
姫もやっと起き出します。
着古して柔らかくなった喪の色の服を着て無邪気に笑っているのがとても可愛いので、源氏もつい微笑んでしまいます。
それから、源氏が東の対に行ってしまうと、姫は廂の際まで出て行って庭の木立や池の方などを御簾から覗きます。
霜枯れの前栽が絵に描いたように素敵で、見たこともない四位や五位の男たちが、ひっきりなしに出入りしています。
「源氏の君様のおっしゃってた通りに素敵なところだわ」と姫は思います。
屏風類のとても素晴らしい絵なども見ながらすっかりご機嫌になっているのは、たわいもなく哀れなことです。
眞斗通つぐ美
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