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源典侍またまた登場! なるべく図解付き『葵』⑤107


・ 賀茂祭の日の一条大路

御禊の時と同じように、今日も大路は隙間もなく車が出ています。

左近の馬場の馬場殿(うまばどの)辺りに止めたいのですが、車を止める隙間が見つかりません。

二条院、一条大路、左近の馬場、斎院御所、賀茂神社の位置関係

源氏が「上達部の車が多くて面倒そうなところだな」と思って、躊躇していると、
女房達がぎゅうぎゅうに乗り合わせて重なり合わんばかりに袖口をこぼして見せている悪くない女車から

よろしき女車の いたう乗りこぼれたるより

扇を差し出して源氏の供人を呼ぶ者があります。

扇をさし出でて 人を招き寄せて

「こちらにお止めなさいませ」「御窮屈でございましょうが、この車を少し寄せますから」
と言います。

「こんな所で女の方から声をかけてくるとは、相当な発展家のようだ」と思いながら、よい場所だったので車を寄せさせました。
「どうしてこんなよい場所をお取りになれたのか」「羨ましいことです」
相手の身元を知るつもりで軽い誘い水を向けます。

車の女は風流な扇の端の一葉を折って、書き付けた歌を寄越します。

よしある扇のつまを折りて


・ かざし争ひ

葵(あふひ) の かざし

💚「お情けのうございますわ、他の方と御一緒だなんて。神のお許しになる今日の逢う日を待っておりましたのに。他の人の葵(あふひ)をおかざしになっておられるとは」
「私には入ってくるなとおっしゃいますのね」「しめ縄のようにお閉ざしになった御簾の中にはどんな方がいらっしゃるのやら」
(📖 はかなしや かざせる葵(あふひ)ゆゑ 神の許しの今日を待ちける)
(📖 注連の内には)

扇の切れ端に書かれたその筆跡には見覚えがありました。
何とあの源典侍のものではありませんか。

源氏は、「あきれた」「どこまで年甲斐もなく若やいでいることか」と疎ましく思います。

あさましう 旧りがたくも今めくかな

無愛想に、

憎さに はしたなう

💚「あなたのかざした葵(あふひ)の御心こそ浮気というものではありませんか。誰彼となく靡くあなたの葵(あふひ)じゃありませんか」
(📖 かざしける心ぞ あだに おもほゆる 八十氏人(やそうぢびと)に なべて逢ふ日を)」

かざしける心ぞ あだにおもほゆる 八十氏人に なべて逢ふ日を

典侍は「なんとひどいことをおっしゃるのか」と思います。

女は つらし と思ひきこえけり

💚「かざした葵(あふひ)は名ばかりでしたわ」「葵(あふひ)と思って期待した私は、裏切られるばかりのつまらない草葉でしたわ」
(📖 悔しくも かざしけるかな 名のみして 人だのめなる 草葉ばかりを)」
と言います。

・ 密室の同乗者への興味

源氏が女連れで車に乗って御簾も上げないのを気に食わなく思う人は少なくありませんでした。

人と相ひ乗りて 簾をだに上げたまはぬを 心やましう思ふ人 多かり

「御禊の日にはあんなに完璧に端麗に装われて皆の憧れの的でいらしたのに」「今日はすっかりくだけた御様子で御見物側にいらっしゃるのね」
「どなたなのでしょう」「プライベートでくつろいでいらっしゃるあの方のお側に御同乗の方は」「やはり並の方ではないのでしょうね」
などなどと皆々取り沙汰がやみません。


・ 源氏の不満

源氏は、『かざし争い』の遣り取りが源典侍が相手では張り合いもないと思っていますが、
典侍ほどに厚かましい人だからこういう遣り取りもあったので、
普通は、女性が相乗りしていれば、ちょっとしたお返事でも遠慮して、こんな遣り取りはできないものです。


📌 葵と 八十氏人と

📖 行き帰る 八十氏人の玉鬘 かけてぞ頼む あふひてふ名を 『後撰集』
  行き来する大勢の人の葵の挿頭を頼みにしています。あふひ(逢う日)という名を頼りに。

八十氏人(やそうぢびと)の頭にかざした葵(あふひ 逢う日)の名を頼りにしているという歌を踏まえて、典侍と源氏の遣り取りがされているようです。

🔶典侍:はかなしや かざせる葵(あふひ)ゆゑ 神の許しの今日を待ちける
お情けのうございますわ、他の方と御一緒だなんて。神のお許しになる今日の逢う日を待っておりましたのに。他の葵(あふひ)をおかざしになるとは。

🔷源氏:かざしける心ぞ あだに おもほゆる 八十氏人に なべて逢ふ日
あなたのかざした(あふひ)こそ浮気ではありませんか。誰彼となく靡くあなたですもの。

眞斗通つぐ美


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