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31 なるべく挿絵付き 夕顔の巻 惟光の活躍!


・ 惟光参上

明け方になってやっと惟光が参上しました。
いつも忠実に御用を勤めている惟光が、心細い仮寝の昨夜に限って近侍していなかったばかりか、行方さえわからず連絡の取りようもなかったことをきつく咎めたいのですが、
何はともあれ夕べのことを腹心の惟光に吐き出したくて気が急くのと、今更詮無いことを言ってもという思いがせめぎ合うのとで、言葉に詰まります。

右近は、見知った惟光の気配で、女主人の新枕までの手引きから何からの謎が一気に腑に落ちて、夕顔の花を所望された日のことからの全てが走馬灯のように思い出されて涙が込み上げてきます。

自分がしっかりしなければと気を張って今まで強がって、この世に引き留める思いで右近を抱いてやっていた源氏でしたが、
惟光の顔を見たらほっとして堪えられなくなって、堰を切ったように、それからとめどなく泣き出しました。

この人に 息をのべたまひてぞ 悲しきことも思されける とばかり
いといたく えも とどめず 泣きたまふ

少し落ち着いてから、源氏が、「言葉では言い尽くせないような奇怪なことが出来したのだが、かような危急の時には、誦経をさせ施主の願文も書かせなければなるまいから、兄の阿闍梨にも参るように申し付けたのだが、どうしたのだ」と問います。

惟光が、「兄は、昨日、叡山に戻りましてございます」
「しかし妙な事でございますね」「そのお方は以前からお体にご変調などございましたのでしょうか」など答えると、

「そんなことはなかったのだよ」と源氏は泣くのですが、
源氏は嘆く姿もまた素晴らしく美しく優美で、見ている惟光も悲しくなってもらい泣きしました。

見たてまつる人も いと悲しくて おのれも よよと 泣きぬ

・ 世慣れぬ若者たち

こういう時に年嵩の者がいれば頼りになるのですが、17歳の若者二人では途方に暮れてしまいます。

それでも世話係としての自覚もある惟光の方が多少は世知にも長けていて、気丈に、
「ここの管理人などには決して知られてはなりませぬ」「その者とはお親しくしておられても、その者が近しい者に何気なく口を滑らせればそこから世間に広がるのは必定でございます」
「とにかく少しも早くこの院をお立ち退きください」
と、冷静な判断を示します。

源氏が心細げに「どこに行けばいいのだ」「ここより人少ななところなどあるのか」と問うと、
惟光は「なるほど、そうでございますな」「あの五条の家では女房達が取り乱すでしょうし、隣近所の者から噂も立ちましょう」
「こういう時は山寺などがようございましょう」と思案します。

・ 東山の尼

「昔父の乳母だった者が老いてになって東山の辺りにおりますので、御亡骸はそちらにお移し申しましょう」「東山ではございますが、そこだけは人も寄らぬ閑静な家でございます」

昔 見たまへし女房の 尼にてはべる東山の辺に 移したてまつらむ
惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者の みづはぐみて 住みはべるなり

東山の家を思いつくと、後はてきぱきと、朝の喧騒に紛れて、車を寄せるなどの手配を手際よくこなしていく惟光です。

・ 惟光の大活躍

女の遺骸は敷物にくるんで、源氏は悄然と力が脱けてしまっているので、惟光が車に抱き上げました。
とても小さくて、死者の気味悪さもなく、可愛らしい人と思われました。

慌ててくるんだのでがこぼれ出ています。
それを見た源氏は目が眩むようで、また新たに悲しくて、弔いの最後までついて見届けてやりたいと思います。

上蓆におしくくみて 惟光乗せたてまつる  いとささやかにて 疎ましげもなく らうたげなり
したたかにしも えせねば 髪はこぼれ出でたるも 目くれ惑ひて あさましう悲し

・ 二手に分かれる

惟光は、冷静に、悲嘆への目先の同情よりも、主君を世間の好機の目から守る実務を優先します。
「皆が起き出して騒ぎにならぬうちに、一刻も早く、私の馬二条院にお帰りください」

奇妙な野辺送りだと思いながら、右近夕顔の亡骸と一緒に車に乗せて、源氏と別れて自分は裾を括った徒歩で、東山の尼の元へ牛車を連れて行きます。
身も世もない主君の悲嘆を見ると、自分の心配をしている場合ではないと思う惟光です。

右近を添へて乗すれば 徒歩より 君に馬はたてまつりて くくり引き上げなどして
かつは いとあやしく おぼえぬ送りなれど 御気色のいみじきを見たてまつれば 身を捨てて行くに

源氏は惟光の馬で二条院に帰ります。
事情を詳しくは知らないいつもの随身と侍童に付き添われています。

君は 物もおぼえたまはず 我かのさまにて おはし着きたり

夕顔失踪の真相を知るのは、今は世の中に、源氏と惟光と右近の3人きりです。
源氏の名誉のために、この秘密は何としても守り通さなければなりません。


📌 惟光の最優先事項は、事を秘密裏に処理し、主君が素性の知れぬ女を故院の廃邸に連れ込んだ挙句死なせてしまったという世間の好餌となるスキャンダルを隠し通して主君を守ることです。
妻戸の外の渡廊に宿直していたのはいつもの随身と侍童以外には滝口一人で、滝口も叱責されて母屋に上がり紙燭を差し出したものの、源氏が几帳の中を照らして怪異の女の姿が掻き消えた瞬間など見てはいません。

📌 グーグルマップで、
なにがしの院らしきところと鳥辺野らしき辺りの距離は2kmぐらい
なにがしの院らしきところと二条院らしき辺りの距離は3kmぐらい
かなと思いました。

📌 女にて見たてまつらまほし

見た目だけのことなのかもしれませんが、
源氏は日頃、雨夜の品定めの出席者や、若紫の父兵部卿宮に、女にして見てみたいと言われている人です。

でも、なにがしの院で、夕顔の女房の右近に渡殿の従者を呼んでくるように命じても震えているので自分で行ってやりますし、震える右近をこの世に留める為に一晩中抱いていてやります。
夕顔の生死を確かめるために、自分が物の怪に憑かれる危険も顧みず近付いて、添い伏して、密着して、覗き込んでやります。
勇敢で優しくて男性的な人物像です。
位人臣を極める人の片鱗を17歳で既に見せていたということでしょうか。
惟光が現れた途端に甘えてフニャフニャになりますが。
女に優しいということなのかもしれませんが。

                        眞斗通つぐ美



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