見出し画像

賢木⑤ 桐壺院崩御


🌷桐壺院の御不予と崩御

源氏23歳の秋、9月16日の 六条御息所と斎宮の伊勢下向の後、10月に入ると、
桐壺院の御病状が悪化せられる。

院の御悩み 神無月になりては いと重くおはします

🌷朱雀帝の御見舞

行幸せられた朱雀帝に、は、
まずは、藤壺宮の春宮のことを、くれぐれもと仰せになり、
次いで、源氏のことを、並外れて優れた人なのだから、変わらず重用し朝廷の後見をさせよなどと、しみじみ御遺言なさった。
帝は悲しくてたまらず、大御心に決して背かぬことを何度も御約束遊ばされる。
はとてもお美しいを頼もしく御覧になり、御互いに離れ難い時をお過ごしになるが、至尊の御身に長居は許されず、却って御悲しみが募られるのだった。

桐壺院の周囲

🌷春宮の御見舞

春宮は騒ぎを避けて別の日に行啓になる。
5歳の御成長ぶりもお可愛らしく、院にお会いするのを無邪気に喜んでおられる御様子がいじらしい。

何心もなく うれしと思し 見たてまつりたまふ御けしき いとあはれなり

お側で藤壺中宮が涙に暮れておられるのを御覧になるにつけ、院の大御心はお乱れ遊ばされる。
幼い春宮に様々な御教訓を御遺言遊ばされるが御心許ない。
源氏にも、朝廷に仕えることと春宮の後見のことを、返す返す仰せられる。

春宮に供奉する公卿の顔ぶれは、帝の行幸に劣らぬ煌びやかさだっただけに、一行が賑やかに帰られた後の院の御寂しさはひとしおだった。

🌷崩御

藤壺中宮が御側を離れずにおられるのを不快がって、弘徽殿皇太后が参上しないでいるうちに、
院はお隠れ遊ばした

朱雀帝はまだお若く遊ばすので、御退位の後も、政は院が遊ばされていたのだが、
これからは、人格者でもない 外祖父 右大臣家 の天下になることを、皆思い嘆いた。


🌷悲嘆

他に抜きん出て愛された藤壺中宮源氏の悲しみは一通りではなかった。
御供養に関しての源氏の心馳せは、他の親王方に比べても極めて細やかで、世間の皆々もそれを見て身につまされるように悲しんだ。
源氏の喪服姿は、限りなく清らかでいたわしい。

昨年の葵上に続いての不幸に見舞われて厭世的になり、源氏は出家しようかとも思うが、いくつもの差し障りがあって思いとどまる。
春宮のこと、藤壺宮のこと、左大臣家の遺児のこと、若紫のこと、他にも源氏を頼りにしている者達のことなど、思い切れない絆(ほだし)が多いのだ。

女御、更衣、御息所など皆様が院に集まって過ごしておられたが、四十九日を過ぎると皆散り散りに退出していかれた。
12月20日のことで、年の暮れの空模様のように、中宮の心も晴れない。
弘徽殿皇太后がどんな方かもよくわかっている中で、これから太后の思い通りに動く世の中のことを考えると憂鬱で、亡き院との日々が懐かしく思い出されてならない。

藤壺宮も御実家の三条宮に退出されることになり、お迎えに兄君の兵部卿宮が参られた。
激しい風に雪が吹き散り、院の中も人少なになってしんみりしているような時だったが、源氏が参って思い出話をしている。

御迎へに兵部卿宮参りたまへり
雪うち散り 風はげしうて 院の内 やうやう人目かれゆきて しめやかなるに
大将殿 こなたに参りたまひて 古き御物語 聞こえたまふ

前庭の五葉松が雪に萎れて下葉が枯れているのを見て、兵部卿宮がお詠みになる。
 〽蔭ひろみ 頼みし松や 枯れにけむ 下葉散りゆく 年の暮かな
 …院の大きな松のような影を頼りにしておられたお妃方が 院が崩ぜられたので散り散りに去っていかれる年の暮れである

このどうということもない歌にも、源氏の涙は溢れてとまらない。

 〽さえわたる池の鏡のさやけきに 見なれし影を 見ぬぞ悲しき
 …池の氷が張り詰めて鏡のようになっているのに、長年見慣れた影を見られないのが悲しい
庭の池に隙間なく氷が張り詰めているのを見て、源氏は子供っぽいほどに率直な歌を詠む。

藤壺宮が御実家にお移りになるに当たっては、華やかに高官が揃い、院の御在世の頃と変わらぬ盛儀であった。
しかし、宮には、御実家にお着きになっても、懐かしさなどはなく、却って他家のように感じられるのだった。
院の御寵愛が深くて里居の御許しが出ず、御側から離れなかった年月の長さを物語ることなのだろう。

🌷諒闇の新年

年が改まって、源氏は24歳になった。
世間に華やかさは戻らない。
源氏は物憂く屋敷に籠っている。
御在位の間も御退位遊ばされた後でも、春の除目の頃になると、源氏邸には御機嫌伺いの馬や牛車が隙間なく詰め掛けていたが、
今年は、掌を返すように門前は閑散として、邸内にも宿直の者の気配もなく、親しい家司だけが暇そうにしている。
源氏は、世の風向きが変わったことに鼻白んでいる。

                        眞斗通つぐ美


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?