泣き寝入りしない、引き下がらない

 子供の頃から内気で気が弱く家の中でも外でも大人しい子だった。そんな私にも夢や希望はある。それは自分の気持ちを伝えたい、伝えられるようになりたいという願いだ。そんなの簡単だ、という人の方が世の中にはずっと多いのだろう。でも、私にはできなかった。そのせいで私は、ずっと悲しい思いをしてきた。
 家でも学校でも居場所がなかった。両親も教師も私に無関心だったので、虐められていることを誰にも言えなかった。職場でもパワハラやセクハラの被害に遭った。死ぬ思いで相談したら、悪いのは私だと決めつけられた。
 私には頼れる人がない、周囲にいるのは敵だけだと悟った。
 私の味方は、世界のどこにもいないと感じた。
 私なんか、この世にいない方がいいと思った。
 死にたいと強く願った、そんなときだった。ハンドバッグの防犯ブザーが指先に触れたのは。
 涙を拭くポケットティッシュに代わって現れた防犯ブザーを見つめる。
 小学校入学時に配られたものだった。最初に試しに鳴らしてから、使ったことは一度もない。今この瞬間、誰かの助けが欲しい私はボタンを押した。鳴らなかった。代わりに私が奇声を上げた。
「嫌っ、いやああっ、どうして、どうして鳴らないのよーッ」
 防犯ブザーすら私を守ってくれない! とパニックになったが、電池切れだったようで電池を交換したら音が鳴り響いた。あまりの大きな音に驚き、慌てて止めようとしたが、ボタンを長押ししても収まらない。
 大パニックの私は防犯ブザーを飲み込んで音を止めようとした。しかし、それは最悪の選択だった。喉に詰まって窒息しかけたのだ。それでもブザーの大音量は響き続ける。今までの人生で私が出したことのない大音量が窒息死寸前の自分の喉から世界へ響き渡った。
 死にたくない、と私は思った。喉に指を入れて防犯ブザーを取ろうとしたが上手くいかなかったので、腹パンしてみた。ダメだった。ハンドバッグをみぞおちに当てて、思いっきり押す。死にたくない一心で、力いっぱい何度も押す。それが上手くいったのかどうか分からないけれど、大きな咳が出て防犯ブザーが口から飛び出した。下に落ちた弾みで防犯ブザーは止まった。むせ込みながら私は「助かった」と思った。本当に危なかった。
 私は防犯ブザーのせいで死にかけたわけだが、同時に防犯ブザーから大切なことを教わったような気がする。
 自己主張の強さが、私には足りなかったのだ。
 noteに代表されるSNSの自己主張過多な人々には理解されないだろうが、そういう人は多いと思う。
 世間は大人しい人間には厳しい。黙っていたら痛めつけられる。沈黙は死……そんなことを頭で分かっていても、行動に移さないのなら無意味だ。虐げられたときは怖くても抵抗しなければならないし、理不尽な要求は断固として断らねばならない。自分が我慢すればよい、と諦めてしまうことは、もっと恐るべき災厄を招く。反論するのがどれほど恐ろしくても嫌なことは嫌と言わねばならない。拒否を貫くのだ。躊躇したら終わりなのだ。そして本当の危機に陥ったときは、ためらわずに心のブザーを鳴らせ……と、私は防犯ブザーに励まされた気がする。
 自力救済に成功した自分の大事な命を絶対に無駄にはしない。九死に一生を得て、私は生まれ変わろうと決意したのだった。
 そのための誓いの一つが表題だ。私はもう、絶対に負けない。誰も自分の味方ではないなら、自分一人で戦うまでだ。戦う相手が世界のすべてなら、全世界を敵に回して戦うだけのことだ。私は死ぬ気で戦う。もし戦いに敗れ冥府魔道に落ちたとしても、あの世の鬼と一戦ひといくさだ。
 苦しいときは防犯ブザーに自分を置き換えてみるつもりだ。防犯ブザーは持ち主の命を守るため大音量を出す。だから私も、死にたくなるくらい辛いときは自分が防犯ブザーになったつもりで騒音公害レベルの大音量を出してやる。恥も外聞も知ったことかッ! 私を虐げる敵たちよ、お前らの鼓膜が破れるまで叫び続けてやるから、覚悟せよ!
 もう一つ誓ったことがある。もう二度と防犯ブザーは飲みこまない。音のが止まらないからといって飲み込むような真似は、もう絶対にしない。同じようにお困りの皆様、くれぐれもご注意のほどを。

#大切にしている教え

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