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[創作]あなたの過去にとって還るの。

「こんばんは。元気にしてるかい?」

「なずなさん、こんばんは。最近色々ありまして、悩むことが多いというか。それで若干困りながらも、なんとか生活しています。」

「おや、何があったんだい?」

「いや、あまり悩むことではないのかもしれないのですが、上司の方からよく指摘をされるんです。それはいつも同じような内容でして、もう少し肩の力を抜いたらどう?ということなんですが..」

「ほうほう」

「私は自分で言うのもあれですが結構几帳面なタイプで、たしかに仕事に手を抜けないことは前々から自覚していたんです。しかし何度言われても、その時上司に言われた時はハッとするのに、結局その意味するところが分からなくなってしまうんです。これはいいアドバイスだ!って、最初の方は思うのですが、結局その時アドレナリンが出るだけで、つまるところセロトニンには結びついていないような..。」

「なるほど、難しい例えだね。」

「すみません、こんなこと言っておかしいですよね笑」

「いや、おかしくないよ。それで、上司の方からもっと肩の力を抜いた方がいいよ〜ってアドバイスを受けた後に花奈はどういうことをするの?」

「そうですね..なるべく仕事を詰め込むことをやめます。そしてあまりそれを仕事だ!って捉えないようにして作業として見てみるというか。これは遊びであって一つの作業だから、あまり仕事と捉えないようにしようみたいな..。よく仕事も詰まるところは遊びだといいますしね。」

「なるほど、それで花奈はどんな気分になるの?」

「ええと、最初は気が楽になったと思うのですが、結局はギギギと心が悲鳴を上げる感じがします。なんというか無理やり機械を動かすような。」

「なるほど。それで結局辛くなってしまうんだね。」

「すみません、こんな私じゃ一貫性がないですよね。」

「いや、花奈は一貫性があるよ。むしろ一貫性がありすぎるかな。」

「はい?」

「花奈にはずっと"極端"という一貫性があるかな。いつも黒といえば黒、白といえば白みたいな。よく言う0・100思考ってやつだね。」

「ああ..確かにそうかもしれないです。」

「おそらく花奈は、持って生まれたエンジンが頭に搭載されていて、もとからその出力が100%になっているのかもしれない。」

「そう、ですね。」

「出力が100%だから、そのエンジンにどんな命令が来たとしても、元の数値が100%だったら必然的に次の稼働パワーも100%以上になっちゃうよね。」

「ええ、そうです。」

「常に搭載されたエンジンが100%だから、力を抜け〜って言われても、力がもう入っているんだもん、そりゃあ難しいよね笑」

「はい、本当にその通りです..(笑)」

「だから花奈はそのエンジンの出力をまず下げてあげる必要がある。」

「はい..。しかしそんなことできるでしょうか?」

「花奈の近くに、いつものんきにまるでお風呂に浮かぶアヒルの人形みたいにプカプカ生きている人はいない?」

「ああ、何人かいます。」

「その人たちを見て、どう思う?」

「ええと、何か楽してんなーと言うのと、ズルいなと思います。なんか人生でやるべきことをおざなりにして、対してちゃんと自分とも向き合っていなくて、そんなんで社会でやっていけるのかなって」

「うむ。でもその人はちゃんと生きていけてるんだよね?」

「はい、いわゆる社会不適合というタイプではないですね..。むしろしっかり適応している。」

「そのズルさが、必要なんじゃない?」

「え?」

「花奈はおそらく、小さい頃からくつろぐことができなかったんじゃないかな。その過程や理由は私には分からないけど、今でもその時の努力を花奈は背負っているように見える。」

「ああ...たしかに、私はゆっくりとくつろげたことがないかも..。」

「多分花奈に必要なのは、その周りの人が持つズルさなんだよ。それはずっと忘れ去られてきたものだ。」

「ズルが、私に必要ですか...。
しかし!やっぱりズルはズルです。楽して稼ごうなんて周りにとっても自分にとっても不誠実です..。」

「うん。今まで真面目にやってきた花奈なら、そう思うのは当然かもしれないね。でもね、人間は疲れたら休みたいって思うのは当然なことだよね?」

「それはまあ、そうですが..。」

「でも小さい頃の花奈は、疲れても休んじゃダメだ!って言い聞かせることが多かったんじゃないかな。本当は疲れているけど、そんな疲れた自分を見せてしまっては自分の価値がなくなると思ってしまうから。」

「たしかに...、そうかも。」

「それはね、ズルとは言っているけど、本当のところはズルじゃないと思うんだ。むしろ花奈にとっては、ずっと忘れ去られていた"過去"なんじゃないかな。」

「過去、、ですか?」

「そう過去。それは本来必要だったはずの、愛に満ちた過去だよ。」

「愛に満ちた過去..。」

「花奈が小さい頃、何かの不幸が重なって、花奈は本当の自分を出すことができなくなる瞬間があったんじゃないかな。その時の体験がとても強烈だったから、もう二度とこんなことにはならないようにって、強く自分を戒めた。」

「ああ...。そうですね。」

「何か思い当たる節はあるかい?」

「ええと、今思い出したのですが、私はよく母に怒られていました..。」

「うん。それはどんな怒られ方だったか聞いても大丈夫?」

「はい、それはいつも私が母の望むような対応をすることができなくて、母は毎回私に失望して怒りを向けてくるような、そんなやり取りでした..。」

「なるほど、お母さんは花奈が"できない"ことを許してくれなかったんだね。」

「はい..。今でも覚えているのは、幼稚園の頃私が間違って花瓶を割ってしまったことがあって。それで私とても怖くなって、その教室から逃げ出してしまったんです。そしたら先生は、案外私のことを心配してくれて、大丈夫かいと声をかけてくれたんです。その時私はほっとしました。」

「うん、それで?」

「ただその後に家に帰ると、私の母がこの世のものとは思えない形相で涙を流していたんです。どうやら私が花瓶を割ってしまったことが許せなかったようで。そして私は「あなたがそんなことをするとは思っていなかった」と言われて、血の涙とでもいうような涙を流す母の姿を見たんです。」

「なるほど。」

「その時私は、もう二度とこんなことがあってはならない。こんなことをしてしまう自分はいけない子なんだと、強く強く誓いました。もう二度とこんなことにはならないようにと。」

「なるほど、その時に心の鍵がかかってしまったんだね。」

「今まで見て見ぬふりをしてきましたが、なずなさんに言われてみて、私の中で私という存在を殺した瞬間はあの時だったんだ、と思い出しました。とても嫌な記憶です。」

「そうだね、それはとても怖かったね。話してくれてありがとう。おそらくそういうことが積み重なって、花奈は手を抜けなくなってしまったんだね。」

「はい...そうかもしれません..。」

「話は少し戻るんだけど、さっき私が言った"ズルさ"っていうのは、そういう苦しい過去がなかった人たちの成長した姿なんじゃないかな。」

「苦しい過去がなかった人たちの成長した姿...ですか」

「うん、もちろんお風呂にぷかぷか浮かんでいるアヒルみたいな人にも、苦しい過去がなかったとは言わない。だけど、少なくともお母さんがその子が小さい時に失望して怒りつけるというような過去が少なく、あるいは怖かったねって自分の気持ちを等身大のままで受け取ってもらえることが多かったんじゃないか。だからその子はいつでも"辛い"ということができて、いつでも"休みたい"ということができるのではないか。私はそう思うんだけどどうかな?」

「なるほど、たしかに..。だから私はそれを見て"ズルい"と思ってしまっていた..。」

「うん。それはもしかしたら花奈が小さい頃に望んでいた、本来ならあるべき"愛に満ちた過去"だったんじゃないかと、思うんだ。」

「そうか..。そうですね..私はずっと甘えたかったんですね..。私は自分で自分を置き去りにして、いつのまにか自分に鞭を打ち続けていた..」

「うん。それが負担なんだって、気づかないくらいにね。」

「私は、自分を大切にしてなかった、いや、できなかったんです..!」

「うん。そうだね。辛かったね。花奈はこれまで自分の感情に蓋をして、ここまでそのボロボロになった身体を保ってきていたんだ。」

「どうしてでしょう、どうしてもっと早く気づけなかったのか。私はとても悔しいです。」

「花奈にとっては今だったんだよ。」

「はい?」

「花奈にとっては今が気づくべき時だったんだ。これまで頑張り続けてきた花奈の過去の期間がなければ、今この瞬間に悔しいと思う花奈もいなかったんだ。むしろ、これまでの道筋があったから花奈は今、人生の舵を握ることができるんだよ。」

「なるほど..。私が過去に頑張ったから。」

「そう。頑張ったから、頑張らなくていい方向に気づける。苦しんだから、光のある方へ行けるんだ。」

「私は...その過去の自分を殺した時から、自分というものを捨て去って生きてきたのかもしれません..。でも私は、本来の自分を捨て去りきれてはいなかったんですね...私は私を大切にしたかった..!」

「うん。だから、人は疲れたら休むのが当然なんだよ。そりゃあ片時も休む暇がなく稼働し続けていたら、どんな高級な機械でも壊れてしまうよ。」

「はい..」

「それに、人間は機械じゃないんだ。そこには感情という情緒があって、これがあるから人間は人間らしくいられる。」

「そうですね..!」

「今は休む時だよ花奈。今は色々なことを一旦落ち着けて、一旦ストップさせて、休むんだ。」

「はい..そうですね。でも、私はどうしたらいいのでしょう。この先の未来がいまいちよく掴めません。」

・・・・・・

参考:「満月珈琲店の星詠み」 望月麻衣

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