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優しき式神#シロクマ文芸部 1478文字

読む時間になった。
何を?

式神を召喚する為の、召喚する言葉を。
そして、いつ、いかなる時も直に召喚出来るようにするための訓練だ。
俺の家は、代々陰陽師業を裏の稼業としてきた家だ。普段は普通に暮らしながら、依頼があるとそこへ赴く。けれど、裏の稼業といっても報酬を貰うことは殆どなく、ほぼ無料。利益を求めるのは罰当たりだという、この家に伝わる教えを代々守ってきている。
ほぼ無料といったのは、それでもご依頼主の方がお料理をお裾分けしてくれたり、お花をくれたり、心ばかりと、少量の金額を包んでくれるからだ。
俺は、この家の86代目。
西國 雅弘(さいごく まさひろ)
家業を継ぐ、その日の為に、毎日訓練をしている。
広い広間の上に巻物を広げ、そこに自分の血を垂らす。そして召喚の呪文を唱えると、式神が召喚される。この日も、いつものように式神を召喚する呪文を紡いでいく。…………………………すると………

ブワッ!!!!!

「!!」
いつもとは明らかに違う感覚が俺を包み込む。体が軽くなったような感覚と、何処かが繋がった感覚がした。

『やっと、呼び出せるようになったな。雅弘』
青白く輝く煙のような靄の中に、長髪の黒髪に黒い耳飾り、黄色い瞳。
紺色の着物に赤い帯、纏う装飾はとても きらびやか。
一言で言うなら、畏怖と気高さを合わせ持っている男性の式神だった。

『なかなか俺を呼び出すに相応しいものを感じなかったのだが、今日はなかなか………、もう大丈夫そうだぞ。雅弘』

大丈夫、ということは、もう、訓練をする必要は無くなったということだろうか。
俺が唖然として、ぽかーんとしていると、式神は言った。

『雅弘、お前は覚えていないだろうが、お前がまだ幼き頃、一度だけ俺を呼び出した事がある』
「えっ!ほ、本当?!」
驚きの事実だ。

『お前がまだ幼き頃、一人で留守番をしていたんだ。といっても、両親は庭で知り合いと立ち話をしていただけだったんだがな…、
まだ幼かったお前は、見よう見まねで、もう譲り受けていた巻物を手に取り、これも見よう見まねの呪文を言ったんだ。へんてこな呪文だったんだがな…、何故か俺は呼ばれ、雅弘の前に召還された。けれど、今の様な姿ではなく、黒い猫という、仮の姿でな。
呼んだ雅弘は力を使い果たして、その場で眠り始めるし、俺は俺で、戻るに戻れなくなった。まあ、せっかくこちらに来られた事だし、暫くは黒猫として楽しませて貰った。
雅弘、お前は本当に愉快な男だ』

まさか、小さい頃の俺は、もう式神を呼び出せていたなんて………、全然記憶がない。

『雅弘、よくここまで成長した。お前は幼き頃は体があまり丈夫ではなかったが、今では風邪一つひかない男になったな……、立派な事よ。
…………あ、そういえば、名をまだ教えていなかったな。
俺の名は”黒曜“(こくよう)だ。
これからよろしく頼むぞ。雅弘
きっと、大丈夫だ』

そういうと、黒曜はスッと姿を消した。

俺は、ただ呆然としていた。
けれど、優しい式神だった。
父が巻物をくれた時に言っていた言葉を思い出した。

「雅弘。どんな式神が召喚されるかは、誰にも分からないことなんだ。
けれど、相棒となる式神だから、きっと、雅弘と良く波長が合うだろう。
だから、大丈夫だな。」

確かに、波長が合っているような気がする。怖さは少しあったけれど、温かさの方が、何倍も溢れていた。

俺は、これから本格的に依頼を受ける事になる。不安がないといったら嘘になるけれど、黒曜という心強い味方が現れた。
「大丈夫」
この言葉が、俺の心を優しく包んでいる。黒曜と父の、大丈夫という声が、耳の裏にこだまする。

きっと、大丈夫だ。


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