弾けて、こぼれて。2999文字#シロクマ文芸部
ラムネの音が弾けた時……
その、弾けた音は……
虚しく響くサイレンの音も、一緒に弾けさせた。
◈◈◈
「桜蔵(さくら)〜何時まで残ってんだ?早く帰ろーぜ」
「うん?もう少しだけ…」
「はあ……本当、桜蔵練習の鬼だな…」
俺は今、同級生で友人、そして野球部の名良橋 桜蔵(ならはし さくら)が、帰り支度するのを待っている。
「もう明後日決勝なんだからさ、大事を取って体休めろよ」
「う〜ん?そうだね〜」
気のない返事を桜蔵が返してくる。
……ぜってー聞いてねーだろ。
俺、田原 智久(たはら としひさ)は中学まで野球をしていたものの、高校では野球部に入る事はなく、普段はアルバイトをしてお金を貯めている毎日だ。
桜蔵の所属する野球部は、四半世紀振りに県大会決勝まで駒を進めている。
高校野球注目の左腕、足利を要している野球部は投打が噛み合い、あれよあれよと決勝まで進んできた。
周りはラッキーだとか、運が付いてる。なんて言ってるけど、『いや、実力でしょ』と言ってしまいたくなる。
「桜蔵〜〜」
俺は痺れを切らし、半ば小さい子供のような声を出して桜蔵に訴える。
桜蔵はチームのクリーンナップを任されていて、守備の花形のショートを守っている。野球一筋で今まで来てるくせに、学校の成績まで良いのが少しムカつく所だ。
「わかった、わかったから、もう少し待って」
桜蔵は何も言われなければ誰よりもグラウンドに残り練習していく。
それが、見ているこちら側としては危なっかしくて仕方が無い。
野球部のグラウンドは、他の部と兼用で練習時間も少ない。
午後の授業時間を部活練習に毎日充てられる一部の私立高とは違うのだ。
「よしっ、忘れ物とかはなさそう」
「……終わった?」
「うん。着替えてくるからもう少し待ってて」
「はいよ〜」
明後日が決勝。泣いても笑っても、この1度きりの勝負を掴めなければ、真夏の照り返しを受け、海風を肌に感じる場所へ立つことは出来ない。
一回きりの、最後の大勝負だ。
「決勝の日、智久はバイト?」
着替えを終えた桜蔵と学校を出て帰る帰り道。桜蔵が聞いてきた。
「いや、休み貰ったよ。野球部が決勝まで行ったなら応援しなくちゃね〜!って背中押してくれたよ」
「あはは、良いバイト先だね」
「……だなっ………………………ってか、俺は行ける時全部野球部の応援言ってたんですけど?……なに?桜蔵君はそんな俺の姿に気付いてなかった訳ですか?」
「えっ!!あっ、ちょ……っ」
「あ〜あ。悲しいな〜…」
「気づいてたよ!ちゃんと気づいてた!!」
「んな事知ってるよ。からかっただけ」
「!!!っ……智久…、趣味悪いよ」
「あはははっ!待たされた罰〜!!」
「……ちぇ…………」
「桜蔵……」
「うん?」
「明後日、行けよ…
甲子園、行けよ」
「……うんっ!!」
◈◈◈
決勝となった日は、天気に恵まれ、朝から日差しは強く、蒸している。
試合開始から相手チームの攻撃を受け先制点を取られたものの、うちの野球部も粘り強く繋ぎ、追いついていく。
追いつけ追い越せを蹴り返しながら試合はどんどん進み、開始から2時間と少し、5-5の同点のまま9回の攻撃へと移る。
桜蔵の最後の打席がやって来る為、俺は早めに切れた飲み物を買いに売店へ行く。
良く冷えたラムネを手に持ちながらスタンドの自分の席へ付き、丁度桜蔵の打席だった為、俺は固唾を呑んで見守る。
ここまでの桜蔵の打席は5打数3安打、1四球。好調だ。
桜蔵〜〜、打て打て〜〜!!
カキーンッ!!
金属音が響く。2塁にいたランナーは直ぐにホームに向かって走っていく。
センターオーバー、相手のセンターのホームへの送球は凄かったが、ランナーがホームベースを踏むのが早く、1点勝ち越し。
「桜蔵〜〜!!やったな!!!」
桜蔵は3塁ストップ。
大きく味方ベンチへ向けてガッツポーズをする。
後続は連続三振で倒れてしまったが、勝ち越した1点を守りきれば、桜蔵はあの場所へと行ける。
9回裏。
先頭バッターを内野ゴロでアウトに取る。打順は1番へ戻る。
「頑張れー。守れー。」
俺はラムネを買ったことを忘れ、ただ一心不乱に祈っていた。
1番にカーブを狙われ内安打。
続く2番は厳しいコースをついての3振。
「これでツーアウト」
俺は、忘れていたラムネを取り、蓋を開ける、プシューッ!という音を出し、勢いよくラムネの蓋が開く。
その、刹那一一一一一一一一
カッキーーーーン!!!!
「あっ!!!!!!」
相手のバッターが討った打球は勢いそのままにグングン伸びていき、ライトスタンドに突き刺さった。
サヨナラホームラン。
何と言う劇的な幕切れなんだ。
ラムネの弾けた音と共に、試合終了を告げるサイレンが鳴り響く。
桜蔵は涙を見せる事はなく、崩れた仲間達を一人ずつたたせていく。
そんなサイレンや歓声の音は、ラムネの音に混ざって弾け、何処か遠くで響いている様だった……。
◈◈◈
辞めたほうが良いかと思いながら、桜蔵に何処に居るか連絡を入れると、1人でグラウンドを少し掃除しているという返事が来たものだから、俺は驚いた。
日焼けして赤くなった肌を感じながら、桜蔵が居るグラウンドへと向かう。
あの決勝から、まだ4時間くらいしか経っていない。まだ何処か、その熱を感じている。
「桜蔵……」
グラウンドに着いて名前を呼んだものの返事はない。
……帰ってしまったのだろうか。
……その時……、
グスッ、グスッ……
何処かから音がする。
俺は音のする方へと静かに歩く。
その音のする場所は、バックネット裏からだった。
「………桜蔵………」
小さくしゃがんで、丸くなって、口にタオルを当てて声を殺しながら、桜蔵は大粒の涙を一人で流していた。
「…………ごめん……智久……」
「えっ………?」
「甲子園………行けなくて……っ
……連れて行って……あげられなくて……」
「良いんだよ!そんな事!誰かの為にするんじゃなくて、自分やチームの為にすれば良いんだ!」
俺は、桜蔵の隣に腰を降ろす。
「……誰も、ミスなんてしてないし、それに……皆自分が出来る事をしてきたし、それが出来てたから……ここまで来れて……つ、サヨナラを打たれたあのボールも、足利の今日1番の球で……けど……負けて………っ、」
ボロボロと、桜蔵の目から涙が溢れて流れていく。
「……悔しいとか……そうじゃなくて……ただ、何で?って……何でって………」
声が溢れそうになると、桜蔵はタオルで口を抑える。苦しいはずなのに鼻呼吸をして嗚咽を抑えようとする。
「……桜蔵………」
「うん……?グスッ………」
「桜蔵も、皆も、スゲーカッコ良かった。……外野の俺だけど、だからこそ、そう言える。皆、スゲーカッコ良かった……」
「………っっ………」
「だから、我慢しなくて良いんだよ。泣きたければ、ボロボロ泣いて、声も……抑えなくて良いんだよ。見てるのは、俺だけだし……
球場でも、仲間の前でも、我慢してたんだから。今、思いっ切り泣いても良いだろ?
……なあ?桜蔵」
桜蔵は、今まで口を覆っていたタオルをそっと外し、まるでダムが放流された様に思いっ切り泣き出した。
球場から少し寄り道をして此処に来た為、俺は空になったラムネの瓶を手に持ったままだった。
それを桜蔵と俺の間に置くと、桜蔵の泣き声に瓶が静かに共鳴する。
俺は桜蔵の背中をさすりながら、自分も泣きそうになっている気持ちをあやしていく。
あふれて、こぼれていく涙を、俺と陽が傾いていく空だけが、静かに見守っていた。
〜終〜
こちらの企画に参加させて頂きました。
長編になってしまいました。
そして今回も野球。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
小牧さん
素敵な夏を感じる言葉を、ありがとうございました。
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