街クジラの言い伝え「短編小説」
街クジラ。見ると恋が叶う。
そんな言い伝えがある、とある町。
けれど、街クジラがどんなものか誰も知らない。だって、誰も見たことがなかったから。
「はるー!早く行こうっ!」
「はーい!ちょっと待って!すぐ行くっ!」
元気な女の子二人。
はる、と呼ばれていた女の子は
神林春奈。(かんばやし はるな)この物語の主人公。
もう一人は春奈の友達で同じ吹奏楽部の
古橋夏花(ふるはし なつか)
子供の頃からずっと友達の二人で高校2年生になった今でもとっても仲良しだ。
今の季節は夏。
二人は自分の高校の野球部の応援にこれから向かおうとしている。
「もうっ、はる、遅いっ!」
「ごめーん。ちゃんと準備してたのに忘れ物しちゃってたのーっ!」
「早くっ、もう先輩や皆バスに乗って待ってるよ!」
「はーいっ!」
春奈の高校は県立高校。野球部は今まで春夏合わせ、5回甲子園に出場している有名校だ。
「先生っ!はる来ました!」
「おっ、遅れてすみませんっ!」
「神林の遅刻はうちの部の恒例だから大丈夫だ。さ、早く席に座れ」
吹奏楽部を乗せたバスは、野球部が試合をする球場へと出発した。
「はぁーあ、疲れたー」
「疲れたのは私っ!はるはいっつもこうなんだからっ!」
「〜っごめんって、今度何か奢るから許してよー」
「まぁ、もういいよ。はるの遅刻は慣れっこだから」
「夏花優しいっ!大好き!」
「っもうっ!調子がいいんだからっ!」
小学生の頃から友達の二人。二人のやり取りは吹奏楽部では聞いてて癒やされると評判だ。
会話からでも仲の良さがよーくわかる。
「ねえ、はる、一度は聞いたことあるでしょ?」
「うん?何を?」
「街クジラの話。あれ、本当だと思う?私、イマイチ信じられないんだよねー」
「夏花は現実主義だもんねー。でも、私は信じてるよ!なんかロマンチックじゃん」
「ロマンチックって言ったって、誰もその街クジラの姿とか知らないんでしょ?それを見ればっていっても見つけられないじゃん。」
「…確かに。」
「んで、話は変わりますが、」
夏花が一呼吸置いて話を変える。
「ん?何?」
「松橋君とはどうなのよ。はる」
「うぇ、!ま、松橋君っ!!」
松橋とは、松橋冬斗(まつはし ふゆと)春奈と同じクラスで野球部所属。
一年生からショートのレギュラーとしてチームで活躍している。
「な、何で松橋君の名前が出てくるの!」
「だって、最近全然話聞かないから、どうしたのかなって」
「そ、そんなのっ、今野球部は大会中なんだから、邪魔したくないし野球に集中して欲しいじゃんっ」
「ふーん。でも、松橋君モテるじゃんっ?うかうかしてたら、誰かと付き合っちゃうかもよ」
「な、何でそんなこと言うのっ!」
「遅刻のお返しー、ほら、球場、着いたよ」
そういうと、夏花は通路側の椅子からたってそそくさとバスの出入り口に行ってしまった。
「もうっ、やっぱり許してないじゃんっ!」
春奈も続いてバスを降りていく。
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
野球部は、2-5で準々決勝へと駒を進めた。応援を終えた吹奏楽部は次の試合の準備を軽く準備して今日は解散になった
「今日も自主練していくの?はる」
「うん。汗もそんなかいてないし」
「そう。じゃあ、私は先に帰るね。また明日ね、はる。」
「うんっ!また明日ね。なっちゃん」
音楽室は春奈だけになった。
今は午後3時。暑さの中に冷たい風がふいている。
「さーて、やろうかなっ!」
春奈は自主練をはじめた。といっても野球部の応援に使っている演奏曲の復習をするだけなのだが、春奈はこの時間が好きだったりする。自分ひとりだけの音がよーく聞こえ、音楽室に響くからだ。
そんな時、
「おーい、神林ー!」
誰かが春奈の名前を呼んだ。声がする方に顔を向けると反対側の校舎の窓から
野球部の試合を終えた松橋冬斗が春奈を呼んでいた。
「うぇっ!ま、ま、松橋くんっ!」
「ねぇ、今からそっちに行ってもいーい?そこにいるの神林だけでしょー?」
「えっ、いや、あの、えっと」
「じゃあ今から行くわー!」
有無を言わさずに松橋は音楽室へと向かってくる。
「ま。ま、松橋君がこっちに来る!は、話すの、少し久し振りかもっ、えっ、嘘っ、だ、大丈夫かなっ!私、ちゃんと喋れるかなっ!」
「神林ー、来た」
松橋が音楽室へとやってきた。二人でこうして話すのは野球部の大会が始まる前以来だ。二人は窓際に並んで立っている。
「きょ、今日はお疲れ様。それと、勝利おめでとうっ!」
「あはは、ありがとう。吹奏楽部も応援ありがとな」
「きょ、今日はもう野球部終わりなの?」
「うん、今日は珍しく試合直ぐに解散」
「そ、そうなんだ」
二人の間に少し沈黙が流れた。その沈黙に耐えられなくなったのは春奈だった。
「そ、そういえば、松橋君、聞いたことある?」
「うん?何を?」
「街クジラの話、見たら恋が叶うっていうやつ」
「あー、聞いたことあるよ。それに、俺のじいちゃんが見たことあるって話してたな?」
「えっ?えっ!街クジラを松橋君のおじいちゃん見たことあるのっ!」
「それでさ、街クジラには特徴があるっていうんだよ」
「、ズバリ、街クジラの特徴とは?」
「街クジラの特徴は…、背が高くて、がたいがよくて、二重だったってさ」
「…へ?」
「それが、街クジラの特徴だってさ」
街クジラの特徴を聞いた春奈は、少し考えながら言った。
「…………そんなわけ、ないの、では?」
春奈が言う。すると松橋本人も、
「うん。俺もそう思う。」と一言。
「なにそれっ!」
あははと、松橋が笑う。その笑顔がとても楽しそうで春奈は胸がドキドキした。
「………けど、その特徴、松橋君にも当てはまるね」
「え、そうかー?」
「おじいちゃんのいう街クジラの特徴が本当だったら、松橋君も街クジラだね
背が高くて、カダイもいいし、松橋君、二重だし!」
「…そっかー、俺、街クジラか。あはあはっ!そう考えると面白いなーって思うけど…だったら、俺を見た神林は、恋が叶うのかな?」
「…えっ?」
「…街クジラ本人の恋も、叶ったりするのかな…?どう思う、神林」
松橋は、少しいたずらに春奈に尋ねる。
「どうって………、何で私に聞くの?」
「うん。聞きたいから。だって、俺、
神林のこと好きだもの」
「…。…。…?!へーーー???!!?」
「あはははっ、言っちゃったー。」
「う、うううそー!!!!」
思わぬ発言に春奈は大パニック!!何が起きたか飲み込むのに、時間がかかる。
けれど、松橋は優しく畳み掛けてくる。
「好きだよっ!神林っ。神林は?」
「うへっ、わ、わ、私、私は……、」
「私は?」
松橋は聞きながら春奈を見つめ首をかしげる。
春奈は戸惑いながら、驚きながらも、答えは決まっている。
「う、うううん、私も、松橋君がっ」
街クジラ、見ると恋が叶う。
街クジラ、恋の叶う、おまじない。
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