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寂しさを消すことができるなら、               私は死んでもいい  

【ピエロの手記56  断章44】

誰だ
人の心を覗き見て
こんなところに公開したのは

このタイトルの1句を目にして
いつも奥深く埋めている
自分の心が晒された
そう思う人と
そうでもない人がいるだろう

   ちなみにこの句は、K.K.さんの『・・・』(文芸春秋社刊)という
   小説に巻かれた帯のキャッチコピーである

うかつにも私は
自分の果てしない寂しさは
誰にも共通のものだと思っていた
だから
  幾山河 越え去り行かば 寂しさの
  果てなん国ぞ 今日も旅ゆく   
などという牧水の寂しい歌が愛されてきたのだと思っていた

カフェの2階の窓から
何気なく道行く人を眺めて
こんなに辛いのに普通に歩いている
みんな偉大だなーと思っていた

私の間違いを教えてくれたのは
精神科のドクターである
「そりゃみんな寂しさを抱えていますよ
 でもね あなたの場合は
 ちょっと ほら 生育の環境や色んな歴史のしがらみがあって
 ちょっと特異なケースなんですよ

 少し楽になるお薬をお出しておきましょうね」

 『いやだ!』

救いも助けもなくて
今日まで闘ってきた
今さらワイパックスなどで心を変えられたら
私が私でなくなってしまう

ただ問題は
この底知れぬ寂寥の無限の引力に
どれだけ抗えるかということだ

夜ごとの涙の跡を隠して
いつまでピエロの衣装を纏えるかということなのだ

  ‟悲しいピエロ”


 

 


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