朱に交われば赤くなる(13)

肖像画(1)

僕はセーラー服姿で、デッサン室の扉のノブに手をかけていた。
男子高生にとっては、決してありえない姿。
俯く度に、襞スカートが目に入る。
この扉の中に一旦入れば、僕は変態の烙印を押され人生の終末に陥るのではないだろうか。
いくら、モデルとはいえ、僕は本職ではない。イメージとは違った僕のセーラー服姿は遠慮なしの本物の女子高生達にはどう写るのだろうか。
とても見られたものじゃないと言われ、明日からはもう僕はこのクラスにはいられないかもしれない。
扉の開ける、ギ〜という音がデッサン室に響き渡る。
油を注しておいてほしかった。
僕は皆の目に立った。

震えながら、両足を閉じ、手を前で組み、顔を少し俯きぐみにし、出来る限りの少女を演じた。

不思議な事に彼女達は無言だった。
僕は、先生に導かれ、中央に設えた椅子に座るよう促される。
僕は、スカートにしわが出来ない様、慣れた仕草で、お尻に手を添えながら着席する。
すると、先生は僕の耳元に近づき、囁いた。
「良かったね。皆、あなたの事、承認してるみたいよ」

僕は顔が火照るの感じ、スカートの足元を気にしながら、自分のイーゼルに向かった。
足元の、スカートの頼りなささが、今は同性でもある彼女達の視線を眩しく感じる。
彼女達は,
僕の一挙手一投足に集中していた。

僕には解る。
僕は決して皆の承認を得たわけじゃない。
彼女達が静かなのは、絵画の素材、つまり、僕に対して、真剣に妥協なき自分のイメージを膨らませているからに違いない。
僕は、非情にも、彼女達にとっては、自分の芸術を完成させる為の、一つの駒にすぎない。
例え、それが、セーラー服を着て、すごく不安がってる小年に対してもだ。
40人のセーラー服を着た少女達は、これまた、セーラー服を着た僕を観察している。美醜などは関係ないと言いたげに。

冷や汗が、こめかみを伝う。

何か、反応が欲しかった。

男なのに、セーラー服を着てモデルをするなんて、やっぱり、変態じゃん。・・・
いつも、家で隠れて着てたりして。・・・
恥ずかしくないの?お父さん、お母さんが、もし、知ったら悲しむよ。
今は、どんな言葉でも受け入れる覚悟はあると思う。
暗澹たる時間が数十分程、経っただろうか。
僕は、ふと、自分を見つめている少女に気付いた。
教室で隣に座っている女の子だ。

今の僕の顔から、どんな事を考えているのか、必死に読み取ろうとしている。
それを掴んでこそ初めて、描いたデッサン画が息を吹き込まれるとでもいうように。
そうだ。
僕は間違っていた。
僕は彼女達の反応が欲しいと思った。でも、僕は今、モデルなんだ。
彼女達のほうが僕の反応が欲しかったんだ。
僕の表情に気付いていた彼女は、不安げに僕を見ていた。
僕はゆっくりと息を整え、
自分の今の気持ちを思った。
男の娘の気持ち、そう、
大勢の女の子達に囲まれ、僕はセーラー服を着て、絵にされている。
自分自身は、彼女達と同じ女子高生になれたかの様に。
でも、この気持、彼女達には恥ずかしくて言えない。
そう、これが僕の嘘偽りない正直な気持ちだ。

不安げに僕を見ていた彼女は、やがて、僕の気持ちを見通したのか、にっこりと微笑み、グッジョブと言いたげに、親指を立てた。


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