見出し画像

わたしのツインレイストーリー㉒

2024年5月

4月下旬に私が彼へ送ったLINEは、
私の気力が力尽きてしまったものだった。

5月の私の心境はどんなだったかというと、
一切の喜びが絶たれた。という感じになってしまった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

彼のインスタのフォロー欄からあのこの古いアカウントがなくなっていたのを知った時、

彼へ、距離を置いていた私の罪悪感のような気まずさは、曇り空から太陽の光が差し込んだような感じになった。

彼のアクションが自分に向けられたサインと感じて、意地のようなものが溶けて、素直な心境になれた。

そしてまっすぐ率直に彼へ行動できたことが嬉しかった。

しかし彼との接触を、現実にしようとした私の行動は、彼の何かを刺激した。

彼の態度は、自分を守るコントロールだったのか、何かの導きによってなのか、私の感情は急下降していく流れになった。

私はまた路頭に迷ってしまった。

事態は暗転し、私は彼に会いに行くことを喜べない自分になってしまった。

脱力してしまった。
こんな小さなことなのに。。。

彼に別日を提案して、事態を何事もなかったかのように取り繕うことはできたのに、それが出来なかった。

このことをぐるぐると考えていた。

何かが起こっている。

自分のしたことが、間違えとは思えなかった。

感情に正直に行動した自分に、ダメ出しはしていなかった。

そして現実を動かそうとできない、負の自分のことも、なぜか肯定していた。

スムーズに事が運ばないということは、無理して進めてはいけないのだと、直感が教えていた。

今じゃない。ということはわかった。

これが必要な流れだったとしたなら、私はこれをどう捉えるべきなのか。。と考えていた。

まずは私の課題に取り組まなければならないということなんだと思った。

私はカルマのことを考えていた。

私のカルマとは、母との関係なんだと薄々どころか、
ずっと前から、
はっきりわかっている自分がいた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

私は自分のインナーチャイルドが完全に癒されていないことをまず疑った。

保健室をイメージする。

今、大人になった私が、
こども時代の満たされなかった小さな私の話を、めいっぱい擁護し、いくらでも話を聞いてあげる環境は、学校の保健室だと仮定していた。

これまでの数年間、自分に向き合う事態に陥った時、
私は、何度もこの保健室をイメージし、小さな私に、苦しい時はいつでもここにおいで。と言ってあげていた。

頭の中のイメージは、とても具体的だった。

大人になった私は、保健の先生になって、いつでもこども達を助けてあげる、大きな大きな存在だった。

ここにやって来るこども達を、誰ひとり残らず、すっかり包み込んで理解してあげようとする、強くて優しくて、あたたかくて、緊張のない空間を作っていた。

どんなこども達の小さな心の痛みを聞いてあげたいと思っていた。


こどもの頃の実際の私は、家で
泣くことを許してもらえなかった。

私が泣くと、母はヒステリックに声をあらげ、私を二階の真っ暗な物置に入れた。


大きな声を出すと母の機嫌は益々悪くなる。
ドアに鍵をかけかれていた。
自力では出られなかった。

声を殺して泣いた。
理解してもらえない悔しさは、押し殺すしかなかった。

あの頃の、悲しみと怒りと、どうしようもない苛立ちに支配された、小さな私がいた。

私は、頭の中の保健室で、小さな私を待った。

小さな私はがっくりと肩を落とし、静かにゆっくりと保健室に入ってきた。

白衣を着た大人の私は、小さな私をただ黙って椅子に座るまでを見守った。

小さな私は肩で息をしながら泣き出した。

「お父さんには絶対言っちゃダメだってお母さんが言ったの。」

大人の私は、小さな私の話を真剣に聞いていた。
「お父さんが、お母さんがやっている宗教を嫌がっていたのは、なんとなくわかっていたんだけど」
「お母さんは時々どこかへ行ってて」

「お父さんとお母さんに仲良くしてもらいたかったのに。だからあたしもついて行くって言って。」


「今日のことをお父さんに言ったらダメって。お母さんが。」

「家に戻るまで、ずっと、お父さんに言っちゃいけないことを、心の中で、絶対に絶対に言っちゃいけない、言っちゃいけないって。」
「お父さんが気づいたらどうしようって。」

小さな私の心は張り裂けそうになっていた。

誰にも言っちゃいけない。

小さな私は、
母の秘密を絶対に守らなければいけないと自分に誓って、こんなに苦しんでいた。

小さな私にとって、これは抱えきれない大問題になっていたのだ。

小さな私はこんなにもこんなにも苦しんでいた。

あの頃の母は、そんな私の傷ついた心に気がつくことは、なかった。

小さな私のフラストレーションは、少しずつ積もり、いつしか大きな闇になっていたのかも知れない。

訳もなく、イライラし、何が悲しいのかもわからず、こどもの頃の私はいつも泣いていた。

めそめそ泣く私を、母は許さなかった。

テーブルの足につかまって嫌だと泣きわめく私を、全力で引き剥がして、物置に入れた。

小さな私は、何が悲しいのかもわからず、誰かにわかってもらう術も知らず、諦めていたのだと思う。
そして心の奥に、がっちりと鍵を掛けていたのだと思う。

ずっと忘れてた、小さな私の苦しみを、今の私は聞くことができた。

小さな私が保健室でこれを打ち明けたことは、とても大きな癒しになった。

私は、小さな私に
「ひとりでよくがんばったね」と言ってあげた。



5月のいつの日だったか、
仕事場での休憩の時だった。

トイレの中でひとりになると、
いきなりポロポロ涙が出てきてびっくりしたことがあった。

何事かと思ったけど、保健室のことだとすぐにわかった。


私は私にびっくりしたけど、
こども時代の私が、元気になったことがわかって、話を聞いてあげられた、今の私を誇らしく思うことができた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※
#ツインレイ





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?