【連載】 還らざるOB(10)
その後、野森、佐枝、田川、小平の四人はそれぞれの関係者に生きて還ってきたことを報告した。
四名が既に死亡したと何の疑いも抱かなかった人々は驚き大騒ぎとなった。
すでに死んだはずの人たちが生きていた。彼らを取り巻く人々の大半は、既にこの世にいないと思って生活をしていたことを、改めてリセットすることに、多大な時間と労力を要したのだ。
野森の妻は、海外にいる娘のところに移住する段取りを終えたばかりだった。夫が生きて還ってくるとの連絡をもらい、戸惑った。しかしそう思ったのも一瞬の事だった。嬉しさで泣いた。死んだと思い泣いて、生きていてまた泣いた。
佐枝の妻や子供は、佐枝の死を悲しんだ。妻は、しばらくは何も手がつかなかった。そして、四カ月前から、生活のため仕事を探して働いていた。
田川の妻は、一人、家の中で、雀卓を眺めて、毎日泣きはらしていた。
独身だった小平の実姉は、弟の死を受け入れることができなかった。仲の良い姉弟だった。また姉想いの弟だった。彼の住んでいたアパートの部屋に行き、在りし日の小平を偲んだ。
四名のそれぞれの家族は、深い悲しみに打ち震えていたのだった。それが、生きていた。
彼らが、台北の拘置所で無事に生きていたことが信じられない。混乱するのは当然であった。種々多忙な状態がしばらく続いた。
彼らが日本に帰還して、半年が過ぎた頃、野森から皆に、錦糸町で「反省会」をしようとの連絡があった。
連絡をもらった皆は、乗り気ではなかった。しかし、野森は、命令口調で必ず参加するよう話したのだった。
反省会の夜、錦糸町のその店に、台北旅行に行った野森、佐枝、田川、小平と、横浜在住の平崎、東京近郊の新賀、信木、中田、羽田が集合した。
最初に野森から話し始めた。
「みんな、よくも今日まで耐えてきた。死んだはずの四名が生きてまたここに集えた。こんなうれしいことはない」と言って涙を見せた。皆も泣いた。
平崎は、また泣かせるのかよと言って、泣いた。
「一度死んだ四名だ。世間の強風がなんだ。他の皆も強く生きていこう」と拳を挙げた。
店の主人が、
「今日は、飲み代・食事代すべて店持ちです。大いにやってください」と気前のいい声を張り上げた。
「いやいや、そういうわけにはいかない」田川が、言ってくれた。
店のママが微笑み、
「四名のみなさん、本当に強運な方ばかりですね。酔いつぶれ、喧嘩して、乗り遅れて助かった方々だものね。世間の噂もじきに収まりますよ。世間とはそういうものです」と料理を運びながら嬉しそうに言うのであった。
またいつものように、野森を中心に、懲りない面々が、旅行の相談をするのであった。但し、しばらくは大人しく国内旅行をしようと話し合った。
居酒屋の前の公園にある小振りの枝垂桜の枝が寒風に揺れ嬉しそうに揺れていた。
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