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【連載】しぶとく生きていますか?⑨

 年も改まり、五月の初旬、加藤茂三はいつものように朝早くから家の前の海岸で、流れ着いた昆布を拾っていた。そしてドンドン岩の岩場で昨夜から釣りをしていた二人の男性を見掛けた。
 茂三はその二人に近付いて行った。
「兄さんたち、どうだ、釣れるか?」
 釣り人の一人が、
「はい、ここはよく釣れますね」といった。
 殆どアブラコ(アイナメ)だ。
「ところで、おたくさん方は、どちらから来たのかね」と茂三が聞いた。
 二人は、札幌から来たという。あと小一時間ほどで帰ると言った。
 茂三が、
「この辺はヒグマが出るから気をつけてな」と言うと、
 釣り人の一人が、
「はい、気をつけます。
 そういえば昨夜、サビキをしていたら、黄金道路からこちらに大きな黒い動物が歩いてきましてね。
 二人とも驚いて岩陰に身を潜めておりましたら、何処かへ去っていきました」と教えてくれた。
 茂三の動悸が高鳴った。
 でたか!
 ついに奴は出てきた。
 多分あのヒグマだと茂三は直感した。
「では」と、茂三は言って、また海岸線を見て回った。あのヒグマと遭遇しないように周りに注意をしながら歩いた。
 その日茂三は、自転車で走り、庶野の田所巡査に、今朝方、釣り人から聞いたことを報告した。

 その後も加藤茂三は、必死に手負いヒグマを探し回っていた。
 しかし、一向に探し出すことが出来ず、時だけが過ぎていった。

 二年後、広尾のマタギ二人が日高山脈に入ったとき、ヌピナイ川の下二股という奥深い沢で一頭のヒグマが死んでいるのを発見した。大きさは二メートルほど、既に腐敗して殆ど、骨と毛皮だけの状態だった。
 ただ、そのクマの右肩の皮にピストルで撃たれた穴が、一か所空いていた。
 

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