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【連載】しぶとく生きていますか?⑰

 派出所に戻ってきた田所巡査が、見知らぬ男を連れていた。
「あれ、茂三さん。生きてたか! よかったぁ」と顔を綻ばせて言った。

「よっ! そこに座れ」と田所が連れてきたその男を窓際の席に座らせた。
 そして、
「どこに行ってた茂三さん。昨日あんたの奥さんがここにきて、あんたが居なくなったというもんだから、フンコツに行って捜したべさ」
「申し訳なかった。俺、死にかけた」
「なに? 茂三さん、もう少し詳しく聞かせてくれ」と不信の目で、茂三をみた。
 茂三は、昨日の朝方の出来事を、事細かに話した。
 傍にいたその男が、
「旦那さん、それはよかった」と呟いた。田所は、
「お前は余計なことを言うな!」とその男を叱った。
「俺はおとっちゃまや」とその男が訳の分からないことを言ったものだから、田所も手に負えないという仕草をした。おとっちゃまとは怖がりだとあとで判った。

「ところで茂三さん、奥さんの目の色が違っていたよ。必死にお前さんを探していた。俺は庶野小学校さ行って、息子を帰らせた」茂三はその言葉を聞いて、申し訳ないことをしたと頭を下げた。

 少し間があって、
「この男は誰だ?」と茂三が田所に聞いた。見た目にはまだ若い精悍な顔つきをした男だ。少々頼りのない仕草が見て取れた。
「うん、遠い内地から来たようだ。幾分芯のある男だ。茂三さん、この男、何とかしてくれないか」と田所が茂三に言うと、その男が、
「茂三さんとやら、ぜひ俺を可愛がってくりょ」と話すのであった。茂三はおもわず吹き出してしまった。面白いやつだ。
「お前の名前はなんというのか」茂三が訊ねた。
「はい、松江純一といいます」と応えた。
「フンコツに空き家が一軒あったべ。それ、村上さんが住んでいた家。そこに連れていって生活させるか」と田所が聞いた。
「田所さん、役場が許してくれないべね。多分駄目だべ」と茂三が言った。

 その家とは、トンネルのすぐそばに建っている掘立小屋で一年前まで、村上という一家が住んでいたが、苫小牧に越したのだった。その後、空き家になっていた。
 フンコツは五軒ほどの集落だ。小さな入り江になっている。そこの人たちはランプ生活だ。みな貧しい生活をしていた。茂三の一家もご多分に漏れず、貧乏から抜け出せないでいた。

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