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熊雄(連載⑥)

 日が高くなり、達雄は竹藪たけやぶを抜け、見晴らしの良い場所に出て熊雄に声をかけた。
「熊雄! 昼飯にするべさ」
「父さん、俺、腹減った」と下のほうで熊雄の声がした。
「早く、ここさ来い」

 呼びかけて暫くたったが、熊雄はなかなか竹藪から出て来ない。不審に思った父親の達雄は、さっき熊雄が返事をした竹藪のほうへ降りた。
 はたして熊雄はいた。
 ところがすぐそばに一メートルはあるヒグマが一頭いるではないか!
 熊雄は恐れている風はない。
 昔から冬眠から覚めたヒグマは危険だとも言われている。達雄は低い声で、
「熊雄・・大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」と平気な顔で言ったのである。
「危ないから、動くでねえぞ」
 父親は、何とかして我が子をヒグマから離そうと思案をめぐらした。
「熊雄、ヒグマの目かららしたら駄目だぞ」
「父さん、大丈夫だってば」
「熊雄! 危ないぞ! 喰われてしまうぞ」
 その時だった。そのヒグマが『ウー』と達雄に向かって吠えたものである。
 すると熊雄が、
「父さん、ヒグマも大丈夫だよと、言っているよ」
と言うではないか。
 達雄は口をあんぐり開けたまま、金縛りにあったように突っ立っていた。
「父さん、このヒグマとしゃべってたんだ。ヒグマも腹減ったと言っているよ。昼飯一緒に食おうよ」
 達雄は我に返った。タケノコ採りどころではない。

 三人、いや二人と一頭は、原っぱに出た。
「父さん、俺のおにぎり一つ、このヒグマにやってもいいか」
「お前、ヒグマと話せるのかよ?」
「話せるよ」
「おったまげたなー」父親は狐に化かされたような顔つきになっている。
「まあいいや! 座って飯食うべ」
 言葉とは裏腹に、達雄の心臓は高鳴っていた。

 父親は、おっかなびっくり握り飯を取り出した。熊雄とヒグマはおいしそうにその握り飯を食べている。しかし達雄は緊張のあまり、握り飯がのどを通らない。達雄の分も熊雄とヒグマは食べた。
 熊雄はそのヒグマに向かってウーとかウォーとか、様々な声を出し、会話をしているようだ。ヒグマのほうも、唸ったり頭を上下に振ったり、おかしなしぐさをしている。ヒグマと熊雄が会話をしている! 熊雄はヒグマと会話も出来る! 意思疎通をしている! 信じられない! この子はとてつもない能力を持っていると、達雄は確信したのである。

 ヒグマは熊座りをして達雄と熊雄の顔を交互に見比べた。熊雄が何か唸った。ヒグマは熊雄の唸りを聞き、達雄の顔をさっきとは違う表情で見た。
「俺の父さんだと教えたんだ」
 ヒグマは尊敬の眼差しで達雄を見て認識したようだ。一時間ほどしてヒグマが山奥に帰っていった。
「熊雄、今日のこのことは、誰にもしゃべっちゃならねえぞ」
「どうして?」
「どうしても、こうしてもねえだ。分かったか熊雄!」
 熊雄は渋々頷いた。
 

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