イカサマ #5(6話完結)
師走の大勝負
助蔵の来し方はふくには見当もつかない。
無宿者と言われればそうだろうと思うし、どこぞの大店の跡取りと聞いても得心する。飄々とした様子が助蔵を何者にも見せるのだ。
お互いをよく知らぬまま二人は月に一度か二度、賭場へ繰り出した。ふくを伴えば必ず勝てるが、この頻度を助蔵は良しとしているようだった。
そうしているうちに季節は移り、暦は師走を迎えた。
壺振りと一対一の三番勝負を提案されたのは意外だったが、ふくにとっては願ったり叶ったりだ。胴元の岩切親分は助蔵が一目置いている人物であり、盆ござの端でひっそりと合図を送るふくに気づいて自分で張るよう駒札を握らせたのもこの親分だ。
師走某日。歳の市が立ち、そこに紛れるように賭場が開帳されているらしく二人は賑わいの中にいた。
「このあたりは海が近い?」
「ああ、浜も魚市場もあるぞ」
「今は魚より……団子!」
屋台で父子が団子を買っていた。父親の手にあるものを子どもはきらきらした目で見つめている。ふくの体もそちらを向いたが助蔵に「いまは駄目だ」とすげなく言われ、後ろ髪を引かれながらも通り過ぎた。
明神様への参詣客も入り混じり、屋台に目を奪われている場合ではなくなった。実のところふくは人が多いのが苦手で思わず助蔵の羽織の裾を掴んだ。羽織は明らかに助蔵の体に合っておらずぶかぶかで、そのおかげなのかふくが引っ張ってもあまり気にならないようだった。
境内の奥に進むにつれ、次第にすれ違う人がいなくなり喧騒も遠のいた。
助蔵の足取りに迷いはなく向かった先は大きな石——の裏側、石碑を目隠しにして数人の男女が露店を囲む和やかさで盆ござに向き合っていた。
そのなかで一際大きな体躯の男、岩切親分が助蔵とふくを認めてこちらにやってきた。たれが滴る団子を手に持ち、
ずずっ、じゅるっ、ずずずずっ……
と啜ったり舐めたりしている。
あっという間にたれを舐めつくしたのに、いつまでも団子に舌を這わせている。そうしてすっかり白くなった団子を「食うか?」とふくの方へ差し出した。
ふくはかぶりを振った。それはもうすごい勢いで。そして上擦った声で「おかまいなく」とつけ足した。
親分は気を悪くする風でもなく、となりで控えていた派手な着物を着た男にそれを渡した。ふくはなんとなくそちらから目を逸らした。
元相撲取りと噂される巨体に、つぶらな瞳、小さくまとまった鼻や口元が大きな赤子のようであると以前から思っていたが、団子のせいで今日はますますその印象が強い。
その親分がふくの後方を見据えて「今日の相手の麒麟だ」と言った。
ふくは振り返って驚いた。いつのまにか男女の客はいなくなり、盆ござの側に白髪を総髪にした老人が座っている。いつぞやの元壺振り、忠さんに似ていると思ったのは一瞬で、こちらは細身ながら筋骨たくましい。
「鼠はまだ続けてるのか」
麒麟と呼ばれた人が鼠の話を——訳がわからなかったが、助蔵の受け答えでそれがたった今ふくの頭をよぎった人物であると理解して心を読まれたような居心地の悪さを覚えた。
「たまにチョボ一を。相変わらず五だけですが」
麒麟は鼻で笑った。
ふくはハッとした。この人は目が見えていないのではないか。下を向いていると思ったが今顔を上げても目は閉じたままである。だがそれを確かめるのも気が引けた。というより確かめたところで何も変わらないと思った。
「見えてはおらんが、私に振らせてもらえるかね」
口元を歪めているのは笑っているのか。
「よろしくお願いします」
ふくは麒麟と向かい合うよう膝をついた。
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