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違法な退職勧奨と不法行為

日立製作所事件(横浜地判令和2年3月24日平成30年(ワ)第1231号)

(事案の内容)
上司である部長Aの労働者Xに対する退職勧奨における発言は、労働者Xの意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものであり、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨に当たり、不法行為が成立する。

(経緯)
    労働者X(以下「X」という。)は、上司である部長Aとの間で実施された複数の個別面談において、次のような発言がなされた。
①平成28年8月30日の個別面談
    Aは、Xに対し、Xのキャリアプランは、「今の業績管理の仕事をより良く出来るようにする。」ことしか考えられていないが、これをきっかけに今の自分の能力を冷静に振り返り、自分がどのような仕事で活躍するか、キャリアを真剣に考えてほしいことなどを述べた。
②9月7日の個別面談
    Aは、Xに対し「仕事のアウトプットが雑すぎ、期限を守れない、部下の死後のマネジメントができない」などと述べ、Xが今後取り得る選択肢として、⑴日立グループ内異動と⑵社外転職支援プログラムを挙げ、「社外の方が、選択肢も広くキャリアを生かす仕事も探しやすいのではないかと思う。」と述べた。
    これに対しXは、「社外に出るとは考えたことは無かった。」などと述べた。
③9月23日の個別面談
    Aは、Xから実績を述べられたことに対し、「過去は活躍したのかもしれないが、今期の業務改善フォローアップの仕事はひどい。」「自分の収入は、今の自分の成果に見合っていると思うか?」などと述べた。
    これを受け、Xは、「収入が維持できるかわからない他社に転職することは想像ついていない。」「日立でキャリアをここまで積んできているので、これを生かせる日立の仕事に就きたい。」と述べた。
④9月27日の個別面談
    Aは、Xに対し、「日立のポートフォリオ転換で目指している会社の中では活躍するのが難しいと言っているだけ。」、「社外も含めて多くの会社ではXの強みを生かせる会社はあると思う。」、「先日紹介した社外のキャリア相談に行ってみてはどうか?」と述べたのに対し、Xは、「日立を辞めるつもりは無い。」と回答した。
⑤12月27日の個別面談
    Xが所属部署での仕事を自身に戻してほしいと希望を述べたのに対し、Aは、Xが所属部署での仕事を行うためには、既に2名いる課長職のどちらかのポジションを奪う必要があるが、どちらを外に出すのかを尋ね、その2名よりもXが優秀であることを示すように求めた。
    さらに、Aは、「社外なら色々あるよっていっているじゃない。社外に出ろとはいってないよ。でも社外って形まで目を広げれば色々選択肢があるじゃないですか?」と述べ、Xが「あると思えない。」と答えたのに対し、Aは、「どうして?探した?あると思えないというのはどういう意味?求人情報ってすごくいっぱいあるよ。」と述べた上、転職した他の職員のことについて述べた。
    また、Aは、他の部署がXを「受け入れてくれる可能性は極めて低いと思うよ。なぜだと思う?君がこういう面談をやっていることをすべての勤労が知っているから。全ての情報は共有されているから。」、「制約条件の何かを外してほしい。いくつかある制約条件の中で。そうしないと先開けないよ。」、「課長職としての仕事がないのに、できないのに高い給料だけもらってるって、おかしいよね?自分がもらっている給料って正当な対価としてもらっていると思っている?」などと述べた。

【裁判所の判断】
退職勧奨の違法性について
1 Aは、Xに対し、平成28年8月30日、現在の業務と別の業務への転身を示唆し、9月7日、社外転職支援プログラムを薦める旨の発言をしたところ、同月23日、Xは、Aに対し、転職は想定しておらず社内にとどまりたい旨の意向を明らかにしているから、遅くともこの時点において、XはAが退職勧奨をしていることを認識し、これを拒否する意向を明確にしたものと認められる。
    その上で、Aは、同月27日、再度Xに対し、社外転身を薦めており、これに対しXは、「日立を辞めるつもりは無い。」とはっきりと断っている。
    そして、12月27日、Aは、Xに対し、社内にはXの能力を生かすことのできる仕事がない旨の発言をした上で、社外への転身の選択肢を示し、Xがその選択肢があると思えないと答えた後に至っても、転職の話題を続け、課長職に固執する旨の制約条件を外さなければ先が開けないなどとして、Xが退職を拒否していることを考え直すよう要求している。その際に、他の部署にも退職勧奨の情報が共有されている旨を述べて受入れの可能性が低いことをほのめかし、能力がなく成果の出る仕事もしていないのに高額の賃金の支払を受けているのはおかしいなどとの発言にまで及んでいる。
 
2 退職勧奨は、その事柄の性質上、多かれ少なかれ、従業員が退職の意思表示をすることに向けられた説得の要素を伴うものであって、一旦退職に応じない旨を示した従業員に対しても説得を続けること自体は直ちに禁止されるものではなくその際、使用者から見た当該従業員の能力に対する評価や、引き続き在職した場合の処遇の見通し等について言及することは、それが当該従業員にとって好ましくないものであったとしても、直ちには退職勧奨の違法性を基礎づけるものではない
    しかし、Aによる退職の勧奨は、Xが明確に退職を拒否した後も、複数回の面談の場で行われており、各面談における勧奨の態様自体も相当程度執拗である上、確たる裏付けがあるとはうかがわれないのに、他の部署による受入れの可能性が低いことをほのめかすなど、殊更にXを困惑させる発言をしたりすることで、Xに対し退職以外の選択肢についていわば八方塞がりの状況にあるかのような印象を、現実以上に抱かせるものであったということができる。
    また、Aは、Xに対し、単に業務の水準が劣る旨を指摘したにとどまらず、執拗にその旨の発言を繰り返したうえ、能力がないのに高額の賃金の支払を受けているなどと、Xの自尊心を殊更傷つけ困惑させる言動に及んでいる
    以上の事情を総合考慮すれば、面談におけるAによる退職勧奨は、労働者であるXの意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものと言わざるを得ず、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めるのが相当であり、不法行為が成立する。

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