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あんのこと

 気が狂いそうな就職活動もようやく出口が見えてきたこの頃、ふと映画館で映画が見たくなった。それもできれば小さい映画館が良かった。お気に入りの映画館の上映スケジュールを漁っていると、今日公開、しかも俳優陣もなんだか気になるような邦画がやってるじゃないのと思いすぐさま映画館へ向かった。2時間後、まともにものが考えられなくなるくらい気が沈むとも知らずに。

 実際の事件を基にした作品だそうだ。小学校6年生の頃から母親に売春を強要され、覚醒剤にも依存して育った少女「あん」。そんなあんが佐藤二郎演じる破天荒な刑事に拾われるところから映画は幕を開ける。いわゆる昭和気質の刑事で素行も悪いが、あんをクスリ依存から脱却させDV家庭から自立させるために、稲垣吾郎演じるライターと共に不器用ながらも全力であんをサポートする。あんも次第に心を開いていき、地獄から這い出しようやく世界には希望があることを知るのだが。。。

 あまりにも辛い結末だった。実話だと考えると余計に心が痛む。この日本で、想像を絶する絶望のどん底に落ち、ただ一人命を落としていった女性がいた。単なる「悲しい物語」で終わらせてはならない。自分の見えていないところ、もしくは見えているのに直視していないところに、えげつない業を背負って苦しんでいる人がいるかもしれない。まずは自分の手が届く範囲で、誰かを救わなくちゃいけないと思った。

 この映画の主人公であるあん以外、誰一人として「正しい人」はいない。むしろ非常に不完全で人間的なやつらばっかりだ。それぞれに過去があり現在があり、皆たくさんの人を傷つけながら生きている。あんを巻き込む周囲の人間たちの不完全な部分が負の連鎖を生み、コロナ禍がその勢いを後押ししてあんを苦しめ続けた。

 この映画の何が辛いって、あんがひたむきに努力しているところだ。シャブ漬けの日々から脱し、ハードワークの老人ホームバイトに自ら志願し、夜間学校へ赴き小学生の勉強からやり直し字を学び、毎日々々日記をつけてクスリをやらなかった日には日付に丸をつけ。。。希望なんて見出せるはずもない幼少期を過ごしていながら、自立するために一生懸命日々に向き合うあん。そんな彼女に対し業が用意したのは、人間の不完全が巻き起こした連鎖によるさらなる絶望であった。あまりに辛い。この映画の元となった女性が、天国で幸せに暮らしていることを祈るばかりだ。

 映画の表現について。まずなにより、俳優陣の演技の素晴らしさに舌を巻いた。あんを演じた河合優実の恐ろしいまでの演技力よ。壮絶な人生を歩んだあんを解釈するなんて並大抵の人間にはできない事であろうが、彼女は見事にあんを演じていた。佐藤二郎もぴったり役にハマっていたと思う。こういうシリアスな役を演じるところをしっかり見るのは初めてだったので、そのはまり具合に驚いた。稲垣吾郎も、(もうずっと前からであるが)「元SMAP」の肩書が霞むほどの演技だった。どんどん邦画に進出して欲しい。
 相変わらず邦画ってのは暗~い雰囲気を出すのが上手なことだ。ずっとしんどかった笑

 内容が壮絶なのでもう一度見たいとは簡単には言えないが、本当に見て良かったと思える作品だった。のうのうと暮らしていれば、新聞記事の数㎠に記された彼女の死に見向きもしなかっただろう。僕たちが息を吸うこの世界で、今も一人孤独に地獄の鎌に裂かれ続けている人がいる。



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