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ある教団での会話 (7/7)

異臭のする場所へ向かうと、明らか異変に気付いた。

扉の下の隙間から、赤い液体が流れている。

まだ乾き切っていない。

そして、先ほどのよりも大量の紙がぶち撒かれている。

すぐに逃げるべきだと思ったが、上手く身体を動かせなかった。

僅かな逡巡の間、扉が開いた。

扉から出てきたのは、先ほどオメガと会話していたもう一方の男だ。

「あれ、新入りの子じゃん。どうしたの?」

男は気さくに話しかけてきた。

「あ、いえ、オメガさんのところに行こうとしたら迷ってしまって……。」

嘘は言っていない。

「ああ、オメガの部屋なら部屋三つ飛ばした向こうの部屋だよ。でも、今彼寝ているんじゃないかな……。今の時間帯に人の部屋に行こうとするのは、少し非常識なんじゃないかな?」

「ああ、いえ、時計を確認していなかったので……。」

早くこの場から立ち去りたかった。

この男から、雨の日の鉄の匂いがする。

「では、私は部屋に戻ります。失礼します。」

戻ろうとしたとき、声をかけられて呼び止められた。

「ねえ君、確かゼータが教育担当していた子だよね。ゼータから何か聞いていない?」

「何をでしょうか?」

「この世に比で表せない数が存在するとか。」

ドキリとした。

「いえ、ゼータさんからはハルモニア教団に関する概要と、数に関する簡単な講義のみです。先ほど申し上げたように。」

これも嘘は言っていない。

「本当? この世の全ての物は自然数の比で表せると確かに教えていた? 我が教団の教義に関して、それ以外のことは言っていない?」

「ええ、ゼータさんからは、『この世のものは全て自然数の比で表せる』としっかり教わりました。」

動悸が収まらなかった。

オメガからもらった本を握る手が強くなった。

「んー、じゃあいいか。新入り君、もう遅いから部屋戻ってゆっくり休みな。明日も早いんだし。オメガから図形に関して教わるんでしょう?」

「ええ、そうですね。おっしゃる通り、もう寝ます。」

お前が引き留めたんだろと心の中で毒づきながら、今度こそ戻ろうとした。

しかし、目の前の男はまだ離さなかった。

「ゼータが今どうなっているのかって、聞かないの?」

「え?」

動揺した。

「いやなんとなく。今の流れなら『ゼータさんがどうしたのでしょうか?』って聞くんじゃないかな~って思っただけ。」

「いえ別に、尋ねるほどのことでもないと思ったので。」

もう、早くこの場から立ち去りたかった。

「ん、まあいっか。もうこの世に存在しない人のことなんて。」

「自然数の比で表せない数が存在するなんて、アホなことを言う。そんな妄言を吐き散らかすから、自分自身がこの世に実在しないものになってしまうんだよ。」



「お気遣いありがとうございました。では、失礼します。」

「ん、お疲れ様。」

角を曲がって男から自分の姿が見えなくなったら、もう怪しいとか不審な動きとかお構いなしに私は施設から逃げ出した。


オメガからもらった本を携えながら。


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