THE セックスバトルコロシアム
家ではパッとしないお父さんたちも、奥さんや子どもたちが見えなくなってから満員電車に乗り、会社のために頭を下げ、汗水垂らして働く。
家族を養うため、家族に少しでもいい暮らしをさせるため、仕事という闘いに行くお父さんにフォーカスした、平成を代表する曲だ。
世界を救うことはできないけど、なんでもない毎日はたくさんのヒーローたちが守ってくれている。
今日家を出るとき、この歌が聞こえてきた気がした。
真夏の十三駅、目の前の景色が揺れ動く熱気の立ちこめたアスファルト。
21世紀の鏑矢は5Gの電波に乗せて飛んでいく。
「イルミナティです」
闘いにいく覚悟がないものを篩い落とすブラフ、こちらの準備は万全だ。
「セックスバトルコロシアム、今からいけますか?」
しばらくの沈黙のあと電話口の女性は告げる。
「、、、15時からならいけます。30分間ですね。」
恐怖か武者震いか背中に伝う汗を確実に感じながら、ビルを切り拓き、指定されたホテルに進んだ。
幸先悪く、満室。
5分くらいで清掃が終わるようなので椅子に腰掛けて待っていたら、ウォーキングデッドのアンドレアに似た女性が来てフロントに告げる。
「コロシアムです、405です」
アンドレアは先達の首を落とさんとエレベータに乗り込んでいった。
足がすくみ動けない。
何がヒーローだ。ジーンズを強く握り、震える奥歯を噛み締めながら武運を祈ることしかできない。不甲斐なさの裏で己の日本刀を、熱く、硬く、美しさを感じるほどの煌めきを込め鍛えて待つ。
「ご用意ができました。」
現れたのは、ふくよかな広瀬香美だった。
「おつりあるよー」と明るく告げる広瀬香美の後ろには、うずたかく積み上げられた歴戦の猛者たちの亡骸が見える。
「じゃあ、エントリー料を引いて残ったこれが賭け金ね。システムは表見てね。」
「タイマーつけて、お店に電話してスタートだからね。おわったら一緒に時間見よね。」
「もしもし、222号室ハマサキさん、はじめますね」
広瀬は、こちらの想定よりもだいぶん暖かいローションを行き渡らせる。
ここからの記憶はない。
仕事のこと、将来のこと、親の老後のこと、気になるあの子のことを考えて凌ぐ。
そして、悠久にも感じる時間の中、ついに考えることをやめた。
「はいおしまいねー、お兄さん顔に出ないから分からなかったよー、何分だと思う?」
「すんません、2分くらいですか?」
「カップ麺はできるくらいじゃないかなー」
「3分26秒ねー、ちょっと麺伸びちゃったねー、じゃあ掛け金もらうねー」
圧倒的敗北。あまりにも情けない結果。日本に帰れない。
「Twitterに載せたいんだけど出身どこー?」
「滋賀です」
去り行く広瀬を見送り、散った己を洗い流し部屋を出る。
ホテルを出れば、たくさんのヒーローたちが今日も闘っている。
そのあまりにも大きな背中を見ながら、隙間を縫うようにして駅へ向かうことしかできなかった。
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