蚕の回顧

※この文章は以下の企画のため作成されたものです。


小学生の時のことだった。
一学期の途中くらいに、担任の先生がいきなりプラスチックケースを持ってきて皆に配った。中に黒い短い線みたいなのが入ってて、もぞもぞ動いていた。先生はこんな感じのことを言った。

「これはカイコです。皆さんにはこれからカイコを育ててもらいます」

先生の指示の通り、プラスチックケースに自分の名前のラベルを貼り、教室の後ろの棚に並べた。そんなに虫が好きな子供でもなかったので、嫌だなあ、と思いながらケースの中身の面倒を見ることになった。

カイコは桑の葉を食べて育つ。小学校の校庭に大きな桑の木があって、生徒はそこから葉をむしって各々カイコに与えて飼育していくことになる。校庭の桑の木と飼育ケースを往復する学校生活が始まった。
カイコは旺盛に桑の葉を食べ、みるみるうちに大きくなっていった。黒い線のようだった体もそのうち白く太くなり、生き物らしさが増していった。
気づけば愛着が芽生えていた。単純接触効果の力ってすげー。名前もつけた。カイとコー。単純。
カイとコーは日に日に食べる葉の量が増え、桑の木への往復頻度が増えていった。そのうち桑の木には黒くてぶつぶつした実がつくようになった。マルベリーというらしい。これがやたら美味しくて、地面に落ちてるやつも拾って洗って食べるくらい気に入っていた(※絶対に真似しないでください)。我ながら衛生概念がなさすぎてこわい。

一学期の終わりに先生は言った。
「夏休みになってもカイコは育て続けてください。うまく成長すれば途中で繭を作ると思います。繭を作ったら、ケースを動かしたり繭を触ったりしてはいけません。二学期になったらまたケースを学校に持ってきてください」

カイとコーの入ったケースを腕に抱え、家に帰った。日光のあたる場所に置くといいと先生は言っていたけど、外だとカラスにやられるかもしれないという母親の提言により、ケースは玄関に置かれることになった。

しばらくするとカイとコーは桑の葉を食べなくなり、数日かけて糸をはき、きれいな白の繭になった。初めて虫がさなぎに成るところを見た。ハラハラしたし、繭ができあがった時は本気で感動した。

二学期の最初の日、ケースの中を動かさないよう慎重に腕で抱えながら登校した。皆のケースの中身も、幼虫から繭に変わっていた。中にはもう蛹から孵ってやつもあった。うらやましかった。カイとコーが成虫になったところを自分も見たいと思った。

みんなのケースを眺めていると、先生が「ケースを集めてください」といった。そうして集められたケースはどこかに運ばれていった。
次の日から、教室でケースを見かけることはなくなった。カイとコーはどうしているんだろう。二学期からは先生たちがカイコを育てるの?
桑の実でも食べようと木を見上げたがもう実はついていなかった。

秋ごろに、なにかの授業で「今日は絹の糸を取る授業をします」と先生が言った。家庭科室に移動させられた。先生の説明。
絹の糸はカイコの繭から取れます。今日使う繭はみなさんが育てたカイコです。これから冷凍室から繭を取ってきます。皆さんは繭を鍋で煮て、ほぐれた糸を巻き取っていってください……

頭が真っ白になった。
煮る。冷凍。カイコ。最初から「これ」がゴールだったのか。カイとコーは冷凍された?もう絶対に死んでいる。
うわ〜〜〜〜となっていると先生が「繭」を持ってきた。これから「繭」から糸を取っていきましょう。
先生にとって「繭」は糸の素材でしかないのだ。私にとってそれはまぎれもなく「カイコの死骸」だった。これから「カイコの死骸」を煮て糸を巻き取らないといけないのだ。

ここで想いの丈を教師にぶつけ、授業をボイコットすればインターネットでバズること間違いないでバズよ〜という感じだが、そこまで反骨精神のないキッズだったので普通に授業に参加した。
煮られた繭は独特のヘンなにおいがして、それが家庭科室いっぱいに広がっていた。どんなにおいだったかもう忘れたけど、他で嗅いだことのないようなにおいだった。

全てがあいまいな思い出だ。家庭科室のにおいも、繭になったカイとコーのうつくしさも、桑の実の味も。
でも、突然「命」を預けさせられて子供なりに誠実に向き合っていたら、それがある日大人によって「モノ」にされた時の衝撃はすごかった。それだけは忘れない。


最後にこの曲を貼ってこの記事を終わりにします。読んでくれてありがとうございました。

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