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1/24 『殺戮にいたる病』を読んだ

タイトルだけはいつからか知っていた名作ミステリ。以前、映画の『死刑にいたる病』を観てから、そういえばタイトルの元ネタはこれだろうなと思って、書店で見かけたときに購入。実際にはさらに元ネタに『死に至る病』があるが、まあそっちは小説じゃないし……
しかし『死刑にいたる病』にあんだけ残虐な拷問描写があったんだから、オマージュ元の本作にもおんなじくらいの凄惨が待ち構えていることぐらいは想像しとくべきだった。文章とはいえブルタルな描写部分にはたいへん気が滅入り、目を細めたり、部屋を明るくして紙面から離れたりしながら読んでいた。
稔が真実の愛を求めるだの何だのと言いつつ、しかしその行動は結局のところセックスもしくは射精にしか行き着かないのが、戦慄しながらも滑稽さを覚えずにいられないところではあった。永遠の愛を求めるというのも、コンパクトで静かな、そして腐らない性器でずっとシコっていたかっただけじゃん、とか。時代がもう少し進んでいたらTENGAで間に合ってたじゃん、とか。欲求を何か芸術的なものに昇華させるということもない。しいて言うならば、岡村孝子を聴きながら行為に及ぶところに微かに独創性があるが(それにしても岡村孝子さんもひどいとばっちりを受けているな……発表当時問題にならなかったのだろうか。こうして文庫新装版になっていても使われてるなら許可は下りてるのだろうか)。冒頭のエピローグにて、「性的コンプレックスによる社会病質者」と精神鑑定した医師を当人は嘲っていたが、結局それが正鵠を得ていたってことじゃないのかな。
最後に明らかになるトリックには、あっさりとしてやられた。何か仕掛けられているだろうと勘繰ってはいたのに、実にお見事。読み終わった直後に冒頭から読み返して、あぁ~なるほどよく出来ている、ていうか上手いことやってんなぁ~としきりに唸る、ある意味今作を読む中でいちばん心地の好い時間を過ごした。異常性欲の息子と異常保護欲の母親からなる妄執の相克、なんて思っていたのが、まさかそんな。こんなに嚙み合っていなかったとは。それでいて一度目に読んでいる間はこんなに嚙み合っているように見えていたとは。もちろん、なんかちょっとおかしいなと思える箇所もあり、しかしそれも絶妙にチラつかされたヒントであったこともうかがえ、まったく巻いた舌が一向に戻らない。
ひとつ最後までわからなかったのは、度々引き合いに出されていた幼女連続殺人事件は何だったのかということだが。最後のトリックを知った上でも、今回の事件とは特に関係が無かったように思える。作者の別作品へのちょっとしたリンクだったのかな。あるいはこの作品が発表された時期に実際にあった事件とか。
息子――間接的にうかがえる蒲生信一の心情、最後に取った行動とその末路を思うと憐れまずにはいられないが、しかし彼のその行動こそは、作中で言われていた成長理論に対する反証になっているのが皮肉だ。父親の不在や、まともな愛情を注がれなかったことが異常性愛を育むことになると言うが、結果的には異常性愛を抱えていた父親と、我が子にだけ偏執的でこれもまともとは言い難かった母親に育てられた信一は、少なくとも父の凶行を止め、どうにか家庭の平和を取り戻すすべはないかと懊悩する程度には真っ当だった。父親――稔だって、幼少期のトラウマはあっても、内に不鮮明な衝動を抱えながらも、この歳までは誰を傷つけることもなく生きていた。果たして何が病で、何がスイッチだったのか……最初の殺人の場面を慎重に読み返してみると、マジで岡村孝子の歌がかかった瞬間が「スイッチ」になったようにしか読めないんだけど、流石にそれはまずいよ……ね。確固たるきっかけがないからこそ、逆説的に分かりやすい転換のタイミングとしてそこが選ばれただけだろう。

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