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10/20 『燃えよ剣(上)』を読んだ

初・司馬遼太郎作品である。ただし、2年前に公開された岡田准一主演の映画は観ていた。というか観終えたその足でこの原作を買ったのだった。司馬遼太郎作品の映画では『関ヶ原』も観ていて、その時も原作小説を買おうかと思ったんだけど、そちらは上中下の3巻構成でちょっと重いなと躊躇したのだった。しかしこちらなら上下巻で、入門にもさそうだった。
さすがに司馬遼太郎ともなれば、読む前からいろいろ噂を耳にする。いわく、膨大な資料に基づいた精細な描写が肝だが独自の解釈も多いので歴史的事実として丸呑みするのは注意だとか、余談として急に話が現代に飛ぶだとか。じっさい読んでて「余談だが」が出てきたときは、ワァーこれがあの、と観光名物でも見た気分だった。文体も、いくつか耳馴染みのない言葉が出てきたりはするが、思っていたより平易な言葉遣いで書かれているので読みやすかった。安心して胸を借りられる。
話の序盤は、ひたすらに歳三の悪行三昧が続く。正直やってることは小ヤクザ同士の小競り合いも同然だ。田舎の小さな剣術道場に村の若者が集まって、縄張り争いだの何だの延々やっている。おまけに、誰も彼もが刀を引っ提げている。そんなんでおんなのもとに夜這ったり、それが見つかったら口封じに斬りかかったり、その敵討ちや返り討ちやでぽんぽん人が死ぬ……これが300年続いた太平の世の末路かよ。
などと、二歩三歩引いて、俯瞰して見ればそのようにうんざりできるのだが、読んでる間はあまりそうは思わず、歳三の一挙一動をどきどきわくわくしながら追いかけている。これが天下の司馬遼の語り口のなせる業か。
そうして新選組を作り上げるまでになってゆくが、それも思ってたより、新選組をよきものとしては描いていない。成立からしてあんま気の食わない奴と仕方なく企んで起ち上げ、それからは邪魔者を謀殺したりして、なかみをいいように作り変えていく。また新選組の主な敵対者は長州だが、歳三自身は彼らへの敵意や憎しみは特にない、幕府への忠誠もまたない。立場上の敵であり上役であるというにすぎない。後続の新選組ものや歴史ものなどでは薩長死すべしみたいなキャラであることが多かったから、これは意外だった(まあ、映画で観ていた筈なんだけど。結構時間も経っているし)。
しかしそれにしても、沖田総司の可愛げよ。土方歳三がこんなんだから、うっかりすると終始どんよりした話になりそうなものを、沖田総司の存在がそれを大幅に明るく照らしている感は否定できない。なんなんだこの可愛さは。歳三との「なにを云やがる」漫談は。それでいて剣の腕は随一とくる。そりゃ後世で人気出るよ。美少年と書かれていなくても美少年と思うよ。乙女たちを虜にするし女体化もするよ。
上巻ではあれよあれよと話が進んで、なんとなく捉えていた新選組の物語の、既に半分以上まで過ぎてしまったような気がする。山で言ったら既に山頂は越えて、下りの八合目あたりまできているような。下巻では歳三が心血を注いで築き上げたこの新選組の、滅び様がじっくりと描かれるわけか。心せねば。

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