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4/10 『豊久の女 上』を読んだ

書店で、別の本を取ろうとして、うっかり手をぶつけて落としてしまい、その音が結構店内に響いたので、気まずくてそのままレジに持って行ったのが本書とのなれそめだった。いやもちろんあらすじを見て面白そうだったってのもある。『ドリフターズ』で一躍有名になったあの島津豊久と、わが故郷である木曽の出の女との主従もの、とは。木曽生まれの父と鹿児島生まれの母を親に持つ身として、見過ごせないものを感じた気がする。気まずさの方が圧倒的に感じていたけど。出版元も長野の小出版社でなかなかレアだし、文字通り袖すり合った縁、ということで。
島津豊久とその周りを巡る女たちの物語、という触れ込みだから、内容的には戦国恋愛もの、もしくは人情ものというような感じになるのかなと思いきや、確かに女たちの目線で語られることも多いが、それと同じくらい、がっつりと関ヶ原の戦い、そこに至るまでの前哨戦の数々を描いている。戦の趨勢も島津属する西軍側視点から俯瞰されていて、あそこまでは見事だったのにここからがてんで駄目だ、まったく石田三成の頭でっかちが、しかして徳川家康はこの狸腹めと、戦の鬼だの戦闘狂だのと言われている島津がそのように一歩引いた目線で戦場を評しているのがなかなか新鮮だった。
また、島津家の物語だから、当然出てくる人たちのほとんどが薩摩言葉を喋っているが、その方言が読んでて気持ちいい。「方言を読む」ってなんか独特の快感がある……方向性としては写経とか、なぞり書きのそれに近いかな。脳内で発音すると、標準語よりも感情が乗りやすい気がする。
第一章で緋馬里と豊久が出会ってからあれよあれよという間に仕えることになり、そして一章のうちに床を共にするようになるので展開が早い。まあ、時すでに慶長五(1600)年、関ヶ原目前だというのだから、ちんたらやってる場合ではないか。しかし、主の胤をもらうことを「お情けをいただく」って言うの、本当なのかな。本当というか、真面目な文脈で遣う言葉なんだろうか。「お情け」をそういう意味で遣う例を、冲方丁もとい雲居るいの官能小説『破蕾』でしか見たことなかったから、純真な忠義者の娘からそんな言葉が出てきたのでギョッとした。まあ、あれも江戸時代が舞台だったし、言うのかな……。
あとひとつ気になったのは、表紙イラストを手掛けた人の名前がどこにも記載されてない。せっかくいい絵で、最初に目を引くきっかけになった一つだというのに、これはもったいない。小出版社と言えどそういうところはしっかりしてくれよ……と思ったが、作者の経歴を見るにひょっとしてこのイラストも作者が描いてるのだろうか? 多才だなあ。下巻はいよいよ迫る関ヶ原、創作要素があると言っても豊久の結末までは変わらぬだろうが、果たしていかなる運命がかれらを待つのか。

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