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10/10 『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』を読んだ

初めて読む作家。手に取ったきっかけは、店頭に並んでいたシリーズ当時最新刊の『ステイホームは江戸で』という副題を見て、思わず笑っちゃったから。ズルすぎるだろ! 万が一ウィルス持ち込んじゃったらヤバすぎるし。それで気になり、あらすじを見たら面白そうだったので1巻目を購入の運びとなった。
タイムスリップではなく江戸と現代を自在に行き来できるという設定だが、その行き来するときの描写がとても良かった。階段を上がり続け、家の外観からしたら有り得ない空間を通ることで時間の壁を跨ぐ。時間の歪みを、空間の歪みで描写するというのが斬新だと思った。大抵は何かしら光ったり歪んだりする異次元空間みたいなものを挟むか、もしくは扉のあちらとこちらでサッと切り替わるのが定番だけど、おゆうの転移はある種地続きなのだ。この世界の宇宙や時間は、地層あるいはミルフィーユのように上方向に積み重なっていくのかななんていう愉快な妄想もできる。特殊な手続きや派手な演出などもないために最初の一回以降は省略されてしまっているが、静穏なのにダイナミックさがあってかなり好きな演出だった。
主人公のおゆうもまたいい性格をしている。ぶっちゃけかなりふてぶてしい。舞台は江戸時代の中でもかなり平和だったらしい化政文化の頃とはいえ、庶民からしたらけして豊かとも暮らしやすいとも言えぬであろう浮世を、現代チートも活用して飄々と渡り歩く。デパ地下お惣菜で江戸っ子の心を掴もうとか、悪どいよ! 現代は現代で、日々の煩悶からも仕事からも開放されて悠々と生きている。事件の証拠の専門的な分析には宇田川の手も遠慮なく借りる。この宇田川がまあ、あまりにも便利すぎるし後腐れがなさ過ぎてさすがにどうかと思わなくもなかったが、せっかく現代と自在に行き来できるのだから、毒を喰らわば皿までみたいなものか。それに終盤にはおゆうに一泡吹かせていたし。安楽椅子探偵ならぬ分析ラボ椅子探偵宇田川。それだとまあまあやれることあるな。
そしてその終盤でようやくタイムパラドックス問題に触れたが、こちらはどうも『タイム・リープ あしたはきのう』方式で行くっぽい。即ちおゆう(優佳)の時空改変行為も既に時間流の中に組み込まれていて、俯瞰者たる我々読者にはまるで運命という作者によって全ての行動が予め書き記されていたかのように読める方式。
……と思ったら最後の最後に明かされる伝三郎真実。なんと、『タイム・リープ』かと思ったら『ドリフターズ』であったか? 様々な時代から江戸時代へと有名無名の人びとが召喚され、裏には何事かを画策する超自然の黒幕がいるのであろうか。気ままな二重生活ミステリかと思いきや、そんな伝奇的な空気をも最後に匂わされては、シリーズを追っていくしかない。江戸でのステイホームぶりも見てみたいし、今後も楽しませてくれそうだ。面白かった。

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