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1/15 『ベアトリス、お前は廃墟の鍵を持つ王女』を読んだ

初めて読む作家。手に取った経緯は、地元の書店を用も無くぶらぶらしてて、冷やかすだけなのも悪いから何か一つ買ってくか、と思って適当に……しいて言うならタイトルがかっこ良かったから……買ったのだったか。
女王の持つ廃墟の鍵に秘められた謎とは……という引きで物語が展開していくかと思ったら、わりと早くそれは開示された。隠されしものの正体は昔の戦争でつかわれた武器で、しかも別に昔の武器というのも超古代文明の失われた超技術で製造された超粒子ビーム砲とかそういうんでもなく、60年前の鉄砲とか大砲とかだと言うので、やや拍子抜ける。ただこれは最初に俺が作品の世界観を勘違いしてたことによるものだから、そういうんじゃないんだよな、と認識し直せばすむ話。角行だと思ったら桂馬だった、みたいな。ファンタジックな力とかがある世界ではないんだな。それならば、国の軍部が把握してないかつての戦争の古い武器も、徳川埋蔵金くらいの価値と脅威があるか。
そして物語の主軸も、国家間の争いや国内の諸問題よりも、重きが置かれるのは王族間の勢力争い……これまたあんまり読んでこなかった題材だから、新鮮だった。二人の兄弟が自分の為と言いながらその実己の派閥の益の為に男をあてがってくるの、きついなー。兄ばかりか弟からも結婚の心配されるの、やだなー。俺は男で結婚話をシラっとしてくるのはもっぱら母親だけど、弟がいるので、もしここに弟がそんな話してきたらと想像し、ズンとなった。ただ、きょうだいがそれぞれに扱う分野を振り分けて、国内の問題に対しあれこれ話し合うシーンは、こないだまで観ていた『鎌倉殿の13人』における幕府運営模様と通ずる雰囲気もあり、面白かった。まあ身内で争い合うところも通ずるんだが。
共同統治という制度は、実際われわれの歴史上にある制度なのかは知らないが、王がどんどん子どもを作って際限なく冠を戴く者を増やしていきかねないか心配な制度ではある。この制度が始まって3世代目の現在で既にこんなにギスってるわけだし。更にそこに王杖が加わるわけで。歴史を重ねるほどに無理が出てくるような気がしなくもない。
ただ王と王杖の関係はなかなかに魅力的で、関係だけで見て個人的に今作で一番好ましかったのは、アルバートとウィルだった。ウィル、魅力的な男だな。アルバートのような男にこそ必要な存在、って感じ。アルバートもそれを承知してか、あるいは持ち前の直感か、こうして王杖に選んでいるというわけで。アルバート、自分の中の正解と、王としての最適解が限りなく一致している王様で、それゆえ不安要素への対処の判断も早い。
その不安要素であったサミュエルとルークだが、ルークの真意がついぞ明かされ切らなかったところがやや心残りだった。サミュエルに対する忠義は贋物だったのか、それとも。あるいは真に迫り過ぎていたのか。ベアトリスに夜襲をしかけるのも、手段としては認めてもけして本意というわけではなかったろう。どうしようもなく身体が弱く、それに伴って心も弱っていかざるを得なかったサミュエルの、その泥のようにこびりついていく弱さを、一緒に被ってやっていたのかもしれない……共に育ったサミュエルの手で討たれたその時、一体何を思ったのか。確認するすべはもうない……サミュエルが一撃で首スッパしちゃったので。いやサミュエルもよくやったな。火事場の馬鹿力か、たまたま最高の角度で刃が入ってしまったか。やったらやったで、何かを乗り越えたような顔をするのもちょっとどうなんだという気はする。それも、ルークが持って行ったということなのかな。
最後のベアトリスとアルバートの対峙……対決は、どちらも相手への親愛や情、王としての譲れぬ信念がせめぎ合う様に、何かの致命的な危機に陥ってるとか危険が身に迫ってるわけでもないのに、不思議と手に汗握った。と同時に、やはりこれはきょうだいの物語でもあるのだなと再認した。愛する人は遠い地で、同じ志を胸にそれぞれの戦いを繰り広げる。外の患いを託して、自身は内の憂いへ立ち向かう。これもまた王と王杖のあるべき振る舞い。
続刊シリーズのあらすじをちょっと読んでみたら、どうやら他兄弟をメインに据えた話や、最後にベアトリスが行った国の王子の話など、主人公を変遷させつつ物語が展開していくようで、なかなか楽しみ。

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