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4/17 『豊久の女 下』を読んだ

上巻に引き続き関ヶ原の戦いが描かれ、いよいよ正念場、「島津の退き口」が間近に迫る。俺もそこそこ歴史もの、または歴史ものを題材にした様々なエンタメ作品をそれなりにたしなんできたので、さすがに関ヶ原の戦いに関しては大まかな流れとかは頭に入ってきつつある。それでも島津の視点から西軍が天下分け目の決戦にいたるまでどのように動き、また動かなかったのか、とかはまだまだ知らないことも多く、そうした描写が丹念に盛り込まれていたので面白かった。やはり勝ち戦よりも負け戦の方が見るべき部分が多いというか。
ひとつ贅沢を言うなら、関ヶ原に臨む武将たちの人物像がわりと無難というか、世間一般の第一印象をそう外れるものではなかったので、そこにあんまり新鮮味などは感じられなかったなと思ったのだが……ただそれはこの後、関ヶ原「後」の物語こそが実は本当の正念場だったことがわかったので、それはよしとした。天下分け目の戦いは、この『豊久の女』という作品においては前哨戦に過ぎない。本戦に至らぬ者たちに新説や新解釈などで紙幅を割く余裕はなかったのだ。ただまあそれでも下巻だけでも関ヶ原に4割ほど、上下巻で言ったら半分かそれ以上、たっぷりと描かれてはいたけど。
「島津の退き口」を果たしたその後、豊久が意地と命を貫いて果てたその後も島津勢および緋馬里の薩摩帰還行は当然ながら続き、混迷を窮める道のりを越えようやく薩摩に辿り着いた後も、そこからまた戦後処理、しかも敗戦処理が待っている。緋馬里や女たちは直接矢面には立たないがだからこその辛さ厳しさが存分に描かれ、更にそこに緋馬里の懐妊が明かされて、それはけして慶びだけではない、戦国の理と謀と情をこれでもかと渦巻きに巻いた人間模様が迸る。ここまでくるときっと史実からはだいぶ離れていて(というか史には残らぬ、表舞台に立たぬ者たちの舞台を描いているのだが)、虚と実があざなわれたその大縄は、しかしそれ故に大いにうねり、閃いて、先の見えない時代の暗闇の中、未来を求めてひるがえる……第四章の章題「女戦」とは、まさにそう呼ぶ以外にすべとてなしという感じで、一気に読み進めて行った。
華々しくもないじくじくとした敗戦処理を乗り越えた先には、しかし明るい未来が開けているわけでもない。ここから「太平の世」が始まるが、それが必ずしも平穏をもたらしたかどうか。九州は特に、これから島原の乱とかもあるわけだしね……まだその辺は詳しく知らないので具体的にはわからないが。敗者にできることは、血と命に願いを乗せて、ただ繋いでいくことのみ。そしてそれを見届けることになるのが、かつて人を殺すことのみを生業としていた忍とは……やられた。
ささいな縁から手に取った本書、気まぐれで買うにしちゃ自費出版で上下巻の単行本だからまあまあ値が張ったなあという思いも今は昔、お釣りがくるほど存分に楽しませてもらった。どうにかこう、もっと広く世に知られて然るべき傑作なんじゃないかなあ。面白かった。

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